第44話

 翌日、

「仙人さま、一緒にお酒が飲めて楽しかった。火の国にどんな御用で行くがか分からんが、目的が果たせることを願うちゅー」

 とあるじが言って玄理くろまろに熱く抱擁し、旅の無事を願った。

「うむ。ありがとう」

 他の二人も、この暑苦しい男に抱きしめられるのではないかと身を固くしたが、抱擁は玄理くろまろにだけだったことにほっとした。

 三人は都佐国とさのくにを出て、少し歩くとまた山に阻まれた。

「ここからも山が続く。伊余国いよのくにの平地まで飛んで行こう。美夜部みやべ、行けそうか?」

 玄理くろまろが聞くと、

『ふんっ! 誰に聞いている?』

 と言って、紅蘭こうらんを抱きかかえて、

『行くぞ』

 と先に飛翔した。

「うむ」

 玄理くろまろは笑みを浮かべて、美夜部みやべに続いて飛翔した。

子兎こうさぎ? 伊余国いよのくには遠いのか?」

 紅蘭こうらん美夜部みやべを見上げて聞くと、

『遠い。しかし、心配は要らない』

 と紅蘭こうらんへ笑みを向け、大事にそして優しく包んだ。安定感のあるゆりかごのように包まれた紅蘭こうらんは嬉しそうに笑みを浮かべている。そんな微笑ましい二人を見て、玄理くろまろも笑みを浮かべて見つめた。


 三人が暫く山の上の飛翔を続けると、ようやく眼下に平地が見えてきた。

「そろそろ降りよう」

 玄理くろまろが言うと、

『うむ』

 と美夜部みやべが返事をして、二人は地上へと降り立った。すると、それを見た者たちが、

「おお! 神が降臨なされた!」

 と口々に言って、平伏した。

「俺たちは神じゃない、仙人だ。頭を上げて」

 と玄理くろまろは苦笑いして言うと、平伏した者たちが頭を上げて、

「仙人さまか! なんと美しゅう神々しいんじゃろう!」

 と褒め称えて玄理くろまろたちを囲み、一人の男が紅蘭こうらんを見て、

「なんとまあ! 美しい姫も一緒とは!」

紅蘭こうらんへと近付く。すると美夜部みやべ紅蘭こうらんを抱き寄せ、不機嫌そうに鼻を鳴らし、

『ふんっ! こいつに触れるな!』

 と鋭い眼光を向けると、男は凍りついたようにその手を止めて震えた。

「ごめんね。この者たちは夫婦めおとだ。だから、姫には触れないで」

 と玄理くろまろは笑顔で男に言って、美夜部みやべへ視線を向けると、睨むのをやめてそっぽを向いた。

「ん? また俺のことを、姫って言ったのか?」

 と紅蘭こうらんが言うと、皆が驚き、

「男じゃったのか」

「女より綺麗なのに」

「姫言うた気がするが?」

「こりゃ冗談か?」

 などと、囁き合う。

「姫のように奥ゆかしさはないが、彼らが夫婦なのは事実だ」

 と玄理くろまろが人々に言うと、

「そりゃ失礼した。決して触れたりせんけん許してつかぁさい」

 と男が謝った。美夜部みやべはもう怒ってはいないようで、

『ふんっ!』

 と鼻を鳴らしただけだった。玄理くろまろはそれを見て安心して息をつくと、

「少し休もうと思うのだが、この辺りに宿はないか?」

 と聞いた。

「宿ならあるじ様の所がええじゃろう。わしがご案内する」

 先ほど紅蘭こうらんに触れようとした男が言って、玄理くろまろたちを案内した。ここでも、彼らはなぜか皆、ぞろぞろとついて来る。

「仙人さまが来られるとは、珍しいことがあるものじゃのぉ」

「初めて見るけんど、仙人さまは美しいのじゃのぉ」

あるじ様も喜ぶじゃろう」

 皆、陽気に笑顔で話しながらしばらく歩くと、大きな屋敷まで来て、

「ここじゃよ」

 と男が玄理くろまろに言って、屋敷の奥へ向かって、

あるじ様、仙人さまお連れした!」

 と声をかけた。すると、奥から男が現れて、玄理くろまろたちを疑う様に見て、

「仙人という証拠は?」

 と尋ねた。

「俺たちが仙人である事は重要な事なのか? それなら、証拠を見せよう」

 と玄理くろまろは法力で男の身体を浮かせて見せた。男は驚き、手足をばたつかせて宙を泳いだが、どうにもならなく混乱して、

「下ろしてくれ!」

 と懇願した。

「ああ、怖がらせてしまったか? 危害を加えるつもりはないから安心して」

 と玄理くろまろは言って、男を下ろした。

「仙人であることは分かった。だが、主に危害を加えないと約束しろ」

 と男は厳しい口調で言った。

「うむ。危害を加えないと誓おう」

 その言葉を信じて、男が玄理くろまろたちを屋敷へと通した。

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