第43話

 食事を終えた時、近くで酒を飲んでいた男が、

「おまさん方はどこから来たがかえ? 今日の宿はお決まりやか? もし、まだやったら、ご案内致しますぜよ」

 と声をかけてきた。

「それは助かります。弟たちも疲れているので」

 と玄理くろまろが答えると、

「ほんなら、ご案内致します。どうぞ、ついて来とーせ」

 と男が言って、他の男たちも一緒に立ち上がって、

「わしらは皆、同じ仕事をする仲間や。親方様の屋敷へご案内致します」

 と先ほどとは違う男が言う。彼らは、みな肌が浅黒く焼けて、屈託なく笑顔を見せると、白い歯が光った。玄理くろまろは人の霊魂が見えていて、その感情が色で分かる。そして、その本心まで見えているので、悪意があるかないかは、一目でわかった。この者たちは、本当に悪意はなく、言っている事と思っていることに差異は無かった。真正直な者たちだと分かっていたから、彼らの招待を快く受けたのだった。浅黒い男たちと共にしばらく歩くと、

「仙人さま、ここや」

 と言ってから、屋敷の奥に向かって、

「親方様! 仙人さまをお連れした!」

 と声を張り上げた。すると、奥から身体の大きな男がのっし、のっしとやって来て、

「お客人よ、よう来てくれた。仙人さまとの事けんど、こちらの招待を御受けして頂けたらうれしい。むさ苦しいところで、大変申し訳ござらんが、お客人を歓迎する宴も用意致しますき、お部屋でお待ちいただけたらさいわいや」

 とあるじが丁寧に挨拶をした。

「恐縮です。こちらこそ、何のお役にも立てないのに、お言葉に甘えさせていただくには忍びない」

 と玄理くろまろも答えると、

「気にする事じゃない。わしらは仙人さまのお姿を拝見出来た事、こうして、会話してもらえたことが正に幸運。そればあで十分ながや」

 とあるじが白い歯を見せながら、屈託ない笑顔を玄理くろまろに向けた。


「ところで、おまさんがたはどちらから来たがかえ? そして、ここへは何をしに来たがかえ?」

 とあるじが聞くと、

大和国やまとのくにから来た。火の国へ向かっている。ここへはその途中で立ち寄った」

 と玄理くろまろが答えた。

「そうやったか。火の国とは、また、遠い所までいくのじゃのぉ? 理由は聞かん方がえいのですろうか?」

 とあるじの配慮に、

「うむ。理由は話せないが、一晩の宿を借りても良いだろうか?」

 と玄理くろまろが尋ねると、

「もちろん、えいとも。仙人さまがお泊り下さるらぁて幸運や。大和国やまとのくにの仙人さまは、さぞかし、えいものを食べゆーのですろう? こがな田舎町の食べ物がお口に会うか分からんが、精一杯もてなしたい思う。宴までの時間、ゆっくりと休んどーせ」

 とあるじは言ったあと、玄理くろまろたちを部屋へ案内するようにと、家人に命令した。


 玄理くろまろたちが部屋へ案内されると、美夜部みやべ白兎しろうさぎに、紅蘭こうらん子狐こぎつねの姿に戻り、身体を休めた。あやかしにとって、人の姿を維持するのは霊力を消耗して疲れるのだった。

「少し寝ていていいよ。俺が傍に居る。部屋へは誰も入れないから安心して」

 玄理くろまろが二人に笑みを向けて言うと、

「おう!」

 と紅蘭こうらんが返事をして、

『分かった』

 と美夜部みやべも言って、二人はいつものように眠った。


 陽が傾きかけた頃、

「仙人さま、宴の準備が出来ましたので、どうぞいらしてください」

 と家人が部屋の外から声をかけた。

「うむ、ありがとう」

 玄理くろまろは答えて、寝ている二人を起こした。

「起きて、宴の準備が出来た」

 すると、紅蘭こうらんの耳がピクリと動き、元気よく起き上がり、四つ足で立って、激しく尻尾を振った。もちろん、白兎しろうさぎは尻尾に当たり転がった。

子狐こぎつね、尻尾が当たった』

 と美夜部みやべが静かに言うと、

「あっ、悪い!」

 紅蘭こうらんは人の姿に変化し、白兎しろうさぎを大事そうに抱えて、

「大丈夫か?」

 と気遣った。

『うむ、平気だ』

 と美夜部みやべが答えると、

「良かった!」

 と紅蘭こうらん白兎しろうさぎ美夜部みやべに頬擦りした。玄理くろまろに頬擦りされると、文句を言う美夜部みやべだが、拒むことなくされるがまま。それを見て玄理くろまろは微笑みを浮かべて、

「それじゃあ、宴へ行こう」

 と声をかけた。

「おう!」

 と紅蘭こうらんが言って、

『うむ』

 美夜部みやべが人の姿となって頷いた。


 宴には多くの人たちが来ていて、たくさんの料理、そして、酒が用意されていた。ここへ案内した者たちもいる。

「仙人さま!」

 男が嬉しそうに声をかける。宴の挨拶も早々に切り上げ、男たちは酒を酌み交わして、盛大に飲んで食べた。

「仙人さま方も、どうぞ、飲んどーせ」

 と何人も来ては酒を酌み続けた。美夜部みやべ紅蘭こうらんにも酒は酌まれたが、彼らの身体には酒は合わないようで、既につぶれていた。

「弟たちはもう飲めない。俺が代わりに頂こう」

 とその分も飲む玄理くろまろを見て、男たちが嬉しそうに、

「いごっそう、いごっそう!」

 と褒め称えた。

「おまさんはまっことお酒が強いのぉ。まっこと気に入った!」

 と男たちが陽気に言って、玄理くろまろの肩に手を回し、

「もう、おまさんはわしらの兄弟や!」

 と楽し気に酒を飲み続けたが、さすがに飲み過ぎたようで、次々と限界とばかりに倒れるように眠った。最後まで起きていたのはあるじの男で、

「げに、酒に強いのぉ。都佐とさっ子が酔いつぶれちゅーのに、おまさんはまだ起きていられるらぁて」

 と言って、豪快に笑った。

「ありがとう。もう遅いので、俺も部屋で休もうと思う。弟たちを部屋へ連れて行く」

 と玄理くろまろが言って、頭を下げると、

「分かった。一人はうちが運びましょう」

 とあるじは言って、美夜部みやべを軽々担いで部屋まで運んだ。

「それでは、おやすみなさい」

 玄理くろまろあるじに礼を言って部屋へ入った。すると、二人の姿は子狐こぎつね白兎しろうさぎへと変わった。既に酔いつぶれていた二人の変化は解けていたが、玄理くろまろが術をかけて、二人の姿を人の姿に見えるようにしていた。子狐こぎつねのふさふさの尻尾に白兎しろうさぎを包むようにして、二人を寝かせると、玄理くろまろもその隣へ横になり眠った。

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