第41話

紅蘭こうらん、父親に会えてよかったな」

 玄理くろまろが笑顔で言うと、

「おう!」

 と紅蘭こうらんは嬉しそうに返事をした。玄理くろまろ美夜部みやべを見ると、満足げな顔をしていた。紅蘭こうらんの父が託すと言った事で、公認の仲になった事が嬉しいのだろう。これで、紅蘭こうらんを娶ったも同然なのだが、当の本人はそれを理解していないだろう。

 彼らが今、歩いているのは、もう既に人の歩く道ではなくなっていた。

「ここは山が続いている。都佐国とさのくにまで飛ぼう」

 玄理くろまろが言うと美夜部みやべは、

『うむ』

 と頷いて、

子狐こぎつね

 と紅蘭こうらんに声をかけて抱き上げた。それを見て玄理くろまろは、

「それじゃあ、行こうか」

 と二人に笑みを向けた。美夜部みやべは無言で頷き、

「おう!」

 と紅蘭こうらん美夜部みやべに抱えられながら、拳を上げて言った。

『俺に掴まれ』

 美夜部みやべが言うと、

「おう!」

 と紅蘭こうらんは言って、美夜部みやべの首の後ろに手を回して抱きつくと、満足げに笑みを浮かべて飛翔した。それを見て玄理くろまろも満足げに微笑み、美夜部みやべのあとに続いて飛翔した。


 三人が都佐国とさのくにへ着くと、港町の活気溢れた様子が分かる。男たちが豪快に笑い、大きな声で話しながら仕事をしていた。玄理くろまろたちがいる事に気付いたようで、何人かがこちらを向いて近付いてきた。

「おまさん達は見かけん顔けんど、どこから来たがかえ?」

 と身体の大きな浅黒い顔の男が肩に荷物を持ったまま聞いてきた。

「俺たちは大和国やまとのくにから来た」

 と玄理くろまろが答えると、

「遠いとこから来たのじゃのぉ? ここへは何をしに来たがかえ?」

 と他の男が聞いた。

「火の国まで行く。その途中で立ち寄った」

 と玄理くろまろが答えた。

「そうか、ほんなら、この街で美味いものを食べて、ごとごと過ごしていってくれ」

 とまた違う男が言って、手を振って仕事へ戻っていった。

「気さくな者たちだな」

 玄理くろまろが言うと、

『方言が強すぎる』

 と美夜部みやべが言う。

「ん? ほうげん? 変な言葉だったな」

 紅蘭こうらんが言うと、

紅蘭こうらん。それは失礼だよ。都佐とさの者は国の言葉を重んじる。馴染みのない言葉で分からない事もあるだろう。それでも、変と言っては駄目だ。分からない言葉は俺に聞いて」

 と玄理くろまろが笑みを向けて優しく諭した。

「おう! 分かった」

 紅蘭こうらんが素直に返事をすると、玄理くろまろは優しく微笑み、頭を撫でようと手を出したが、無闇に触れるなと美夜部みやべに言われたことを思い出して、手を引っ込めた。それを見て美夜部みやべが、

『いい子だ』

 と笑みを浮かべて、紅蘭こうらんの頭を撫でた。それを玄理くろまろは温かな眼差しで見つめる。

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