第39話

 玄理くろまろたちは集落を後にすると、木御川きのかわに沿って海を目指して歩いた。海が見えてくると、

「海を越えて、粟国あわのくにへ入り、伊余国いよのくにからまた海を渡る」

 と玄理くろまろが二人に言った。

『うむ』

 美夜部みやべが頷き、紅蘭こうらんは呆けた顔をした。

美夜部みやべ、ここから海を渡る」

 玄理くろまろが言うと、

『うむ』

 と美夜部みやべは頷き、当然のように紅蘭こうらんを抱きかかえて、

『海の上では暴れるなよ』

 と言う。

「おう! 大人しくしている! 海に落ちたら嫌だからな! お前、ふざけて俺を落とすなよ!」

 紅蘭こうらんが言うと、

『ふんっ!』

 と美夜部みやべは鼻で笑って、紅蘭こうらんをしっかりと抱きかかえた。

「おい! 強く抱くな! 苦しいじゃないか!」

 紅蘭こうらんが言うと、

『それなら、お前が俺に抱きついていればいい』

 と美夜部みやべは言った。

「おう! そうだな」

 紅蘭こうらんは両手を美夜部みやべの首の後ろに回して抱き付くと、

「よし、行っていいぞ!」

 と言った。美夜部みやべは満足気に笑みを浮かべて、

『うむ』

 と返事をして飛翔した。それを見て玄理くろまろも嬉しそうに笑みを浮かべて、美夜部みやべを追うように飛翔した。真っ白で美しい服を身に纏った二人が、海辺から飛び立つのを見た者たちは、神が飛翔なされたと、口々に言った。


 粟国あわのくにに着くと、二人はふわりと軽やかに降り立ち、

「さて、そろそろ紅蘭こうらんが腹を空かせた頃だろう? 何か食べよう」

 と玄理くろまろ紅蘭こうらんに笑みを向けると、

「おう!」

 と美夜部みやべに抱きかかえられたままの紅蘭こうらんが嬉しそうに返事をした。それから、美夜部みやべに向かって、

「もう下ろしていいぞ」

 と言うと、

『ふんっ!』

 と美夜部みやべが鼻を鳴らして、紅蘭こうらんを下ろした。紅蘭こうらんは落とされると思い身構えたが、優しく下ろされたので拍子抜けして、呆けたように美夜部みやべを見上げた。

『何だ?』

 美夜部みやべが聞くと、

「落とさなかったな」

 と紅蘭こうらんが可愛い笑みを向けた。それを見て美夜部みやべは口の端を上げて鼻を鳴らした。


 三人が街を歩いていると、

「いい匂いがするぞ!」

 さっそく、鼻の利く紅蘭こうらんが食べ物の匂いに反応した。

「うん。食事が出来る店があるかもしれない。匂いを辿れ」

 玄理くろまろが言うと、紅蘭こうらんはくんくんと匂いを辿ると、料理を出す店についた。

紅蘭こうらん、いい子だ」

 玄理くろまろ紅蘭こうらんに笑みを向けたが、美夜部みやべが不機嫌になるので、紅蘭こうらんの頭を撫でるのはやめた。それを見て美夜部みやべが、

子狐こぎつね

 と声をかけて、その頭を撫でて、

『鼻が利くな』

 と笑みを向けた。

「おう!」

 紅蘭こうらんが笑みを返すと、美夜部みやべは嬉しそうに微笑む。

「さて、入るぞ」

 玄理くろまろが二人を促して店に入ると、客も店の者も彼らを見てこそこそと何か話している。

「何だ? お前ら? 何か言いたい事があるなら言えばいいだろう?」

 紅蘭こうらんが言うと、

「神が降臨なされたと、皆が言っていた。もしや、その神ではないかと」

 と男が恐る恐る言う。

「はっはっはっー! そうだぞ! 俺たちは神だ!」

 紅蘭こうらんが面白がって言うと、美夜部みやべ紅蘭こうらんの頭にそっと手を乗せて、

『お前はどう見ても神には見えない』

 と紅蘭こうらんに言って、

『俺たちは神ではない。仙人だ。今のは、この者の戯れだ。まだ幼いので、大目に見てくれ。こいつが腹を空かせている。何か用意してくれ』

 と言った。

「そうでしたか。仙人さまでしたか。どうぞお座り下さい。ここは港に近く、魚が美味しいですが、魚でいいですか? それとも肉がいいですか?」

 と男が聞く。

『子狐、何が食べたい?』

 美夜部みやべが優しく聞くと、

「肉!」

 と紅蘭こうらんが元気に言った。美夜部みやべは笑みを浮かべて頷き、

『では、肉を』

 と店の男に言うと、

「はい、今お持ち致します」

 と店の男は言って奥へ入っていった。三人は空いた席に座り、

紅蘭こうらん、疲れたか?」

 と玄理くろまろが聞くと、

「おう、少し疲れた」

 と答えた。

「そうか、それなら、食事のあと宿を探そう」

 玄理くろまろが言うと、

「仙人さま、宿をお探しですか?」

 と隣の席に座る男が聞いた。

「うん。どこか泊まれるところはあるか?」

 と玄理くろまろが尋ねると、

「はい、ございますとも。お食事が済んだら、ご案内しますよ」

 と男は笑みを向けて答えた。

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