第38話

 翌朝、朝食を済ませると、

「それじゃあ、精霊たちに会って来る」

 と玄理くろまろおさの男に言って、三人で出かけた。その集落は山の谷間の平地にあり、精霊たちはその山に住んでいた。

「さて、ここにいる精霊たちよ、姿を見せてくれないか?」

 玄理くろまろが声をかけると、

『来たのだな? 待っていた。お前たちは何者だ?』

 と女の声が答えた。そして白い靄が風もないのに流れて来て、玄理くろまろたちの前で人の姿に変わった。白く透き通った柔らかな服を身に纏い、銀色に輝く長い髪が、サラサラと揺れている。伏した目をゆっくりと玄理くろまろたちに向けて、

『我らに何用か?』

 と尋ねた。

「お前たちに頼みたい事がある」

 と玄理くろまろが言うと、

『頼みを聞けば、我らにどんな見返りがあるのだ?』

 と女が聞く。

「お前たちが人に望む事があるなら、それを伝えよう」

 と玄理くろまろが答えた。

『では、お前の望みを聞こう』

 女がそう答えると、

「ありがとう」

 と玄理くろまろは笑顔で礼を言って、集落の現状を話し、その者たちの手助けをして欲しいことを伝えた。

『うむ。それで、我らが手助けをしたら、我らの望みを叶えるという事だな?』

 と女が答えた。

「そうだな。ただ、お前たちの望みを、あの者たちが叶えられるかは分からない。お前たちの望みを聞こう」

 玄理くろまろが言うと、

『我らはこの地の草木、岩、水などから生まれた。それは人々の信仰と敬いがあってこそ。それが今は薄れている。我らの力はそれによって失われつつある。人々には我らを信仰し敬う事を望む』

 と女が言った。

「うむ、分かった。それを皆に伝えよう。そのためには、お前たちが俺たちと共に彼らの前に姿を現し、彼らの手助けをする事を約束しなければならない」

 と玄理くろまろが教え導くと、

『では、そうしよう』

 と女は答えて袖を振ると、彼女の後ろには幾つもの精霊が姿を現した。

「行こうか」

 玄理くろまろが言うと、女は頷いて玄理くろまろたちのあとに続いた。


 集落へ戻ると、おさの男が待っていて、

「なんと! 仙人さまが本当に精霊様たちをお連れしている!」

 と感嘆の声を上げた。

おさ、お前たちの望みをこの精霊たちが叶える。何なりと願いを言うといい」

 と玄理くろまろは一度、言葉を切り、

「そのためには、お前たちも精霊に恩を返さねばならない。ここに住む精霊たちを信仰し、敬いなさい」

 と告げた。

「はい! もちろんですとも!」

 おさの男はそう言って平伏し、

「精霊様! 我らはあなた様方を信仰し、敬います」

 と誓った。

『分かった。お前たちの望みを聞こう』

 女の姿の精霊が言うと、おさの男は事情を話した。


 この広い農耕地では、女、子供と老人で作物を作っているが、人手が足りず、半分ほどが手を付けられず、収穫もその分少ない。それでも、与えられた農地の広さに課せられた税が取られ、彼らは食べる事もままならないという。その話しを聞き、玄理くろまろたちは夕べの食事と、今朝の食事を用意してもらった事を思い出した。この者たちの食べ物を分けてもらったと思うと、心が痛んだ。

『そうか。分かった』

 と女の姿の精霊が事情を理解し、彼らの為に何をするべきかを悟り、

『もう、案ずることはない』

 と彼らに言葉をかけ、他の精霊たちに無言で視線を向けると、精霊たちは姿を消した。

『望みを叶えよう。お前の誓いを忘れるでないぞ』

 と女の精霊は言って、彼女も姿を消した。

おさ、もう心配は要らない。精霊たちは約束を違えることはない。お前たちは、精霊との約束を決して違えてはならない」

 と玄理くろまろおさの男に言い、

「夕べの食事、そして今朝の食事、俺たちの為にお前たちが我慢したのだろう。済まなかった。そして、ありがとう。俺の大事な弟たちが腹を空かせていたから助かった」

 と頭を下げた。するとおさの男は、

「仙人さま! おやめください。我らは大丈夫です。食べられない日もあるので、慣れているのです」

 と慌てたように言う。玄理くろまろは前へ向き直り、

「本当に感謝している」

 と改めて笑顔で礼を言った。

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