第37話

「お待たせしてしまって、申し訳ございません」

 と集落のおさの男が言って、

「失礼致します」

 と入ってきて、その後ろから料理を持った者が入って来た。

「お口に会うか分かりませんが、こんな物しかございませんので、どうかご容赦ください」

 と男が言うと、

「いや、こちらこそ、突然の訪問で、このように宿と食事を用意してもらって、感謝している。ありがとう」

 玄理くろまろが礼を言う。

「とんでもございません! 仙人さまがお泊り頂いた私の方こそ、感謝しております」

 と男が頭を下げる。

「感謝されることは何もしていないが?」

 困惑して玄理くろまろが言うと、

「いえ、仙人さまが来て下さったことで、私たちには幸運が訪れます」

 と男が答えた。

「はははっ。そんな迷信があるとはな。幸運が訪れるかは分からないが、俺たちに出来ることがあれば、この礼として何かしよう。望みは何かあるか?」

 玄理くろまろが聞くと、男は顔を上げて、

「本当ですか⁉ 望みを叶えて下さるとは! ありがたい!」

 と言い、

「お食事が冷めぬうちに、どうぞお召し上がりください。食事がお済の頃、また来ます。その時に私どもの望みを聞いていただきたいと思います」

 と言って、男は下がっていった。


「さあ、紅蘭こうらん。腹が減っただろう? 食べなさい」

 玄理くろまろ紅蘭こうらんに笑みを向けて言うと、

「食っていいのか!」

 と喜んで手掴みで食べ始めた。その姿を見て玄理くろまろが微笑み、。

美夜部みやべ、食べよう」

 美夜部みやべに声をかけると、

『うむ』

 と返事をして、美夜部みやべが食べ始めた。それを確認すると、玄理くろまろも食べ始める。美夜部みやべ玄理くろまろと同い年で、背が高く体格もしっかりとしていて、どちらかといえば、美夜部みやべの方が兄のように見えるが、玄理くろまろ美夜部みやべを弟のように思っている。そして、常に彼の事を案じていた。

 食事を終える頃、長の男がやって来て、

「お食事はお済でしょうか?」

 と声をかけてきた。

「うん」

 と玄理くろまろが返事をすると、男が部屋へ入ってきた。その後ろから二人の男が入ってきて、料理の皿を下げていく。

「仙人さま。私どもの望みを」

 と男が話を始めた。


 彼らは農耕を糧にして暮らしている。都への税の納付は作物と働き盛りの若い男たちであり、この集落では農耕は主に女、子供と老人ばかりだという。都では皇族、豪族が贅沢な暮らしをしている中、ここに暮らす者たちは税の取り立てに苦しめられていたのだった。しかし、この制度は玄理くろまろに変えることは出来ない。そして何より、今の大王は朱鷹あかたかとも呼ばれる、凶悪で乱暴な性格であると、先の「白朱びゃくしゅの大戦」での逸話で語り継がれていた。

 「白朱の大戦」とは、大王の座を争い、豪族、呪術師を交えた戦いである。しかし、この戦いの前に、病に伏した大王はこの朱鷹あかたかと呼ばれる現大王が毒殺したと言われている。その後、後継者争いで、異母兄と戦い、殺した。皇族の主権争いでは、常にこのような事が起こっていたが、特にこの朱鷹あかたかは冷徹であり、逆らえば命を取られると恐れられていた。そして、この現大王には、物部もののべが付いている。「白朱びゃくしゅの大戦」で、玄理くろまろたちが戦った敵が、この物部もののべで、呪術に長けていて、鬼術十篇きじゅつじっぺんを持っているのだ。下手に手は出せない。玄理くろまろは暫く考えて、

「では、こうしよう。この礼として、この地の精霊を呼び、お前たちを助けるようにと話してみる。明日の朝、精霊に会いに行ってみよう」

 と玄理くろまろが答えると、

「なんと! さすが仙人さま!」

 と男は感嘆の声を上げた。

「精霊が助けてくれるかは分からないが、最善を尽くそう」

 玄理くろまろが言うと、

「ありがとうございます仙人さま! 今夜はゆっくりとお休みください」

 と男は礼を言って、出て行った。

玄理くろまろ、そんな約束をして大丈夫なのか?」

 紅蘭こうらんが聞くと、

「うん。もう、この辺りの精霊は俺に好意を持っている。話せばきっと協力してくれるだろう」

 と玄理くろまろは微笑んだ。

「そうか! さすが玄理くろまろだ!」

 と紅蘭こうらんが褒めると、

『ふんっ!』

 と美夜部みやべは鼻を鳴らした。

「なんだ? 子兎こうさぎ。何が不満なんだ?」

 紅蘭こうらんが言うと、

紅蘭こうらん、気にするな」

 と玄理くろまろ紅蘭こうらんへ笑みを向け、

「さあ、そろそろ、寝ようか?」

 と美夜部みやべ紅蘭こうらんに言う。

「おう!」

 紅蘭こうらん子狐こぎつねの姿に戻り、美夜部みやべ白兎しろうさぎに戻ると、いつものように紅蘭こうらんのふさふさの大きな尻尾で白兎しろうさぎ美夜部みやべを包んで眠った。それを見て、玄理くろまろは満足気に笑みを浮かべた。

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