第35話

 その後は久しぶりに、二人だけで時を過ごした。彼らは幼い時から共に過ごしていた。まどかの父は玄理くろまろの父の兄であり、二人は従兄弟同士である。まどか玄理くろまろの二つ上で兄弟子あにでしまどかの父は葛城氏の当主だったが、既に他界し、当主は弟である玄理くろまろの父が受け継いだ。そして、その次に受け継ぐのがまどかである。そのため、まどかはこの葛城氏にとっては大事な存在だった。彼には自由はなく、選択肢もない。一生、ここに縛られる身なのだ。玄理くろまろはそんなまどかの事が気掛かりで、ここを離れるのは後ろ髪を引かれる思いだが、美夜部みやべもまた、玄理くろまろにとっては大切な存在だった。彼も幼い頃から、共に修行し、命を預け合う程の仲なのである。彼を元に戻すことは、今の玄理くろまろにとっては、最優先の問題だった。


 翌朝、

「俺は徐福じょふくを訪ねてみる」

 と玄理くろまろまどかに言うと、

「うむ」

 とまどかの憂いを含んだ瞳が玄理くろまろを見つめた。

兄様あにさま。俺にとって、美夜部みやべは大事な家族。俺はまだ諦めたくないのです」

 と玄理くろまろまどかを見つめる。

「うむ。分かっているよ。私にとっても、美夜部みやべは大事な家族。お前のすることに反対はしない」

 まどかの瞳が熱を帯びる。

兄様あにさま

 玄理くろまろの瞳も同様に熱くなる。二人の視線は絡み合い、まどかはそっと玄理くろまろを包むように抱く。そうして、二人は互いの温もりにまどろみ、離れがたい想いだが、そっと身体を離し、

「彼らの所へ」

 まどかが言う。


 二人は美夜部みやべ紅蘭こうらんの部屋へ行くと、いつものように、子狐こぎつねの姿の紅蘭こうらんが、ふさふさの大きな尻尾で小さな白兎しろうさぎを大事そうに包んでいた。玄理くろまろの気配を感じ取った紅蘭こうらんが、耳をぴくりと動かして、

玄理くろまろ!」

 と嬉しそうに起き上がって、四つ足で立つと激しく尻尾を振った。そして、白兎しろうさぎ美夜部みやべはその尻尾で払われて転がる。

『おい! 子狐こぎつね! 尻尾が当たったぞ!』

 美夜部みやべが起きて、紅蘭こうらんを怒鳴りつけた。

「お前が避けないからだろう?」

 と紅蘭こうらんが言う。

『まったく! 気を付けろよ!』

 と美夜部みやべは言って、人の姿になった。

玄理くろまろ

 美夜部みやべ玄理くろまろに声をかけると、

「俺はまだ諦めてはいない。お前はどうしたい?」

 と玄理くろまろ美夜部みやべに聞く。

『お前が諦めないのなら、俺も同じだ』

 と美夜部みやべが答えた。

「そうか。なら、共に行こう」

 と玄理くろまろ美夜部みやべに言うと、紅蘭こうらんは人の姿になり、

「なんだよ? 何の話だよ? お前らが行くのなら、俺も一緒だぞ!」

 と二人の顔を交互に見て言った。

「うん。お前も一緒だよ、紅蘭こうらん

 と玄理くろまろ紅蘭こうらんに笑みを向けると、

「おう!」

 と紅蘭こうらんは嬉しそうに返事をした。そんな三人を見つめるまどかは淋しげだった。


 三人が葛城山を出る。それを見送るのは玄理くろまろの父とまどかだけ。他の者たちには知らせず、静かに旅立った。

玄理くろまろ? あの術は使わないのか? しゅって行くやつ?」

 歩きながら紅蘭こうらんが言う。

縮地しゅくちの術か? あれはまだ使わない。今は歩いて行こう」

 玄理くろまろが答えると、

『ふんっ! お前は楽だろうが、あの術は霊力を消耗する。そう簡単に使うものではない』

 と美夜部みやべ紅蘭こうらんに言う。

「まあ、そういうことだ。紅蘭こうらん、まだ元気はあるだろう?」

 玄理くろまろが聞くと、

「おう! 元気いっぱいだぞ!」

 と紅蘭こうらんは拳を握って言った。

『ふんっ! 元気なのはいいが、無駄に体力を消耗するなよ』

 美夜部みやべ紅蘭こうらんに言う。

「お前なあ、そんなに俺に突っかかるなよ! 子兎こうさぎのくせに生意気だぞ!」

 紅蘭こうらんが言うと、

『ふんっ! 生意気な子狐こぎつねめ!』

 と口の端を上げて、美夜部みやべ紅蘭こうらんの頭にそっと手を乗せた。

「なんだと!」

 その手を払いのけて、紅蘭こうらん美夜部みやべを見上げて息巻く。そんな二人を見て、

「二人とも、余計な体力は使うな。まだ先は長い」

 と笑みを浮かべて玄理くろまろが言ったが、二人の喧嘩腰な会話は続いた。

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