第34話

 まどか玄理くろまろと部屋で二人きりになると、

玄理くろまろ、これからどうする?」

 と玄理くろまろに尋ねた。

美夜部みやべはもう人には戻れないのだろうか?」

 玄理くろまろまどかに尋ねる。まどかは少しの間をおいて、

「私には分からない。まだ、他に方法があるかもしれない」

 と言って考え込む。

鬼術十篇きじゅつじっぺんには、他に何が書かれている?」

 まどかが聞くと、

「俺はそれを見ていないから分からない。鬼術十篇は今、物部布都久留もののべのふつくるが持っている。それを奪おうとすれば、また、多くの犠牲が出る。ただ、それに記された術を知る者がいる。その者に聞けば、教えてもらえるだろう。しかし、妖化した者を人に戻す方法が記されているかは分からない」

 と玄理くろまろが答えた。

「そうか」

 まどかは一言そう言って、口を噤んだ。ここに居ても、何の手立てもない事は明らかだった。美夜部みやべの身体を元に戻すためには、玄理くろまろはまた、ここを出て行くことになる。戻って来たばかりだというのに、また、ここを去っていくと思うと、まどかは心が締め付けられるように苦しかった。

兄様あにさま

 そんなまどかの心が見えている玄理くろまろもまた、心がチクチクと痛んだ。そんな悲し気な表情を見て、まどか玄理くろまろの身体をそっと包み、二人が見つめ合っているところへ、

「あなた様、玄理くろまろが来ていると聞きましたので、顔を見に来ました」

 と女が幼子おさなごを抱いて現れた。

結衣ゆい

 まどかが女の名を呼ぶと、玄理くろまろが振り返り、

結衣姉様ゆいねえさま。挨拶が遅れて申し訳ございません」

 と頭を下げたが、結衣は、

「お前が元気で何よりです。我が夫と仲が良いのは構わないが、睦み合いは目に余る」

 と不機嫌な様子で言う。彼女の腕に抱かれた幼子を見て玄理くろまろは、

「結衣姉様、お子が生まれたのですね。お慶び申し上げます」

 と祝福の言葉をかけると、結衣は冷ややかな目で玄理くろまろを見て、

「ありがとう。我が夫によく似たおのこ。私の宝。どんなに想いを寄せようとも、お前には子は産めぬ」

 と勝ち誇ったように言う。

「結衣、戻りなさい。これ以上、見苦しい真似はよしなさい」

 まどかが顔をしかめて言うと、

「私はあなた様の妻です。それをお忘れなきよう」

 結衣はそう言って、踵を返して戻っていった。

玄理くろまろ、嫌な思いをさせてしまって済まない」

 とまどかが言うと、

「いえ、兄様あにさま。俺が悪いのです。兄様あにさまへの想いが、結衣姉様を苦しめてしまった」

 玄理くろまろが切なそうに言う。まどか玄理くろまろを抱きしめると、

「それは違う。私の想いが妻を苦しめているのだ」

 とまどかが言った。二人は想い合っているが、それは許されない事だった。まどかは葛城氏の次期当主。後継ぎの子供が必要であるため、結衣を妻として迎えたのだ。

 結衣は竹内氏で美夜部みやべの血族でもある。竹内氏と葛城氏も遡れば同じ血族であり、血の繋がりを大事にしていた。そして、この血を絶やす事があってはならなかった。

「しかし、この想いは誰にも止められるものではない。お前も苦しめてしまったな」

 まどかはそっと身体を離すと、玄理くろまろの目を見つめた。

兄様あにさま。俺はいつまでもあなたをお慕い申し上げます。俺に妻があっても、それは変わらない。あなたに妻があっても同じこと。俺の想いも止められるものではない」

 と玄理くろまろも熱い眼差しを向けた。

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