第33話

 玄理くろまろまどかが起きたのは、夜が明けた頃だった。白兎しろうさぎ美夜部みやべはまだ意識は戻っていない。

兄様あにさま

 と玄理くろまろ白兎しろうさぎ美夜部みやべを両手で包み、心配そうにまどかに見せると、

「私たちの気では補えない。美夜部みやべは既に妖化した」

 とその瞳には悲しみの色が見えた。

美夜部みやべの気はどうしたら回復するだろうか?」

 玄理くろまろが聞くと、

あやかしである狐なら」

 とまどかは答えた。しかし、気を補うためには、お互いに信頼、そして愛が必要だった。

「では、試してみようと思います」

 玄理くろまろが言うと、まどかは静かに頷いた。


 玄理くろまろまどかは、白兎しろうさぎ美夜部みやべを連れて、紅蘭こうらんのいる部屋へ行くと、

玄理くろまろ! 子兎こうさぎ!」

 と紅蘭こうらんが駆け寄って来た。そして、玄理くろまろの手の中にいる白兎しろうさぎを見て、

子兎こうさぎは……」

 と言葉に詰まった。紅蘭こうらんは気付いたのだろう。既にあやかしとなった美夜部みやべが、人として蘇生することが出来なかった事と、気を損なって意識がないことに。

紅蘭こうらん、すまない。美夜部みやべの蘇生に失敗した。気を損ない意識が戻らない。お前の気で補って欲しいが、やってくれるか?」

 玄理くろまろが言うと、紅蘭こうらん玄理くろまろを見上げて、強く眼光を光らせた。怒っているのかもしれないが、何か覚悟を決めたようにも見えた。

「分かった。お前らは部屋から出ていろ」

 そう言うと、紅蘭こうらんは人の姿となり、玄理くろまろの手から小さな白兎しろうさぎを受け取った。


 玄理くろまろまどかが去ると、部屋には人の姿の紅蘭こうらんと、白兎しろうさぎ美夜部みやべだけとなった。

子兎こうさぎ、今度は俺がお前を助けるからな」

 紅蘭こうらんはそう言うと愛おしそうに、白兎しろうさぎに頬擦りをした。そして、胡坐をかいて、白兎しろうさぎをそっと床に寝かせると、心を落ち着かせて気を巡らせる。紅蘭こうらんの気は玄理くろまろと出会った時よりも強くなっていた。十分に気が巡ると、白兎しろうさぎを両手に包み、その気を白兎しろうさぎの身体へ巡らせる。二人の気は混ざり合い、魂は結合し、すべてを共有した。気を失っている美夜部みやべだが、紅蘭こうらんの気を受け入れ、すべて共有すること許した。それは、信頼の証であり、愛を受け入れた事になる。暫くその状態が続くと、紅蘭こうらんの気は損ない、酷く憔悴した。そして、限界を迎えたようにぱたりと倒れた。それを人の姿になった美夜部みやべがすかさず受け止め、

『ふんっ! 弱いくせに。そこまで無理をしなくても』

 と口元に笑みを浮かべて言った。気を損ねた紅蘭こうらん子狐こぎつねの姿に戻っていた。美夜部みやべはその子狐を大事そうに胸に抱えて、そっと頬を寄せた。そして、その身体の温もりを確かめるように優しく抱きしめる。暫くそうしていると、子狐こぎつねの耳がぴくりと動き、

子兎こうさぎ!」

 と呼んで人の姿になると、美夜部みやべに抱きかかえられながら見上げた。

『よく寝ていたな』

 と美夜部みやべは笑みを向けると、

「ん? 俺、寝てたのか?」

 と紅蘭こうらんは小首をかしげる。

『腹が減っただろう?』

 美夜部みやべが聞くと、

「おう! 腹が減った!」

 と元気に答えた。それを見て、美夜部みやべは嬉しそうに笑みを浮かべ、

『食事を運ばせよう』

 と言って、外に向かって、

『誰か食事の用意を』

 と言うと、

「はい! ただいま!」

 ときよがすっ飛んできて、

「お二人分、ただいま、ご用意致します!」

 と大きな声で言って、走って行った。

『騒がしいが、よく働く』

 と美夜部みやべは、走るきよの後姿を見て微笑みを浮かべた。

「うん! いい奴だな!」

 紅蘭こうらんも嬉しそうに言う。暫くすると、きよがやって来て、

「お食事をお持ちしました!」

 と元気よく言った。

『うむ。ご苦労』

 美夜部みやべが笑みを向けると、

「はい!」

 と言って、きよも笑顔でお辞儀をして戻っていった。

子狐こぎつね、食べなさい』

 美夜部みやべが言うと、

「お前もしっかり食べろよ。食べないと元気が出ないぞ」

 と紅蘭こうらん美夜部みやべに言葉を返した。

『うむ』

 美夜部みやべが素直に返事をして食べるのを、紅蘭こうらんは満足気な表情で見守る。そして、自分も手掴みで食べ始めた。

『まったく、お前は子供だな。頬まで汚している』

 美夜部みやべは笑いながら、手拭きで頬の汚れを拭き取った。

「拭いても、どうせまた汚れる」

 紅蘭こうらんは口いっぱいに物を入れて喋ると、

『ゆっくり食べなさい。そんなに口に入れたら、喉を詰まらせるぞ』

 と美夜部みやべが注意した。

「汁物を飲めば大丈夫だ」

 紅蘭こうらんはそう言って、汁物を飲む。美夜部みやべは微笑みを浮かべて、紅蘭こうらんを見ていると、

「お前もたくさん食べろよ」

 と紅蘭こうらんが笑みを返した。そうして二人で仲良く食事をしているところへ、

「二人とも、元気そうでよかった。二人は相性がいいようだ」

 とまどかがやって来て言うと、

子狐こぎつねと相性がいいとは心外です』

 と美夜部みやべまどかに向かって言う。

「俺だって! 子兎こうさぎと相性がいいなんて心外だ!」

 紅蘭こうらんが言う。

『生意気な子狐こぎつねめ!』

 美夜部みやべ紅蘭こうらんに言うと、

「お前こそ、生意気だぞ。子兎こうさぎのくせに!」

 と紅蘭こうらん美夜部みやべに言い返す。

「はははっ。お前ら本当に仲良しだな」

 玄理くろまろがやって来て言うと、

「誰が仲良しだって⁉」

 と二人が同時に言った。それを見て、まどか玄理くろまろは顔を見合わせた。

「邪魔をしてしまったな」

 とまどかが言って、玄理くろまろを促して部屋へ戻っていった。

「何しに来たんだ?」

 紅蘭こうらんが聞くと、

『俺たちの事を案じていたのだろう。それで様子を見に来たのだ』

 と美夜部みやべが言う。

「そうか。お前はもう大丈夫なのか?」

 紅蘭こうらん美夜部みやべに聞くと、

『ふんっ! 誰に聞いている? 俺はお前より強い。霊力を消耗しても死にはしない。それより、弱いお前が俺の気を補うのは無謀だ。俺の事は放っておけばよかったものを』

 と美夜部みやべが悪態をつく。

「ふんっ! せっかく俺の気を分けてやったのに、お礼ぐらい言ったらどうだよ!」

 紅蘭こうらんが言うと、

『ふんっ! 頼んでもいないのに、なんで礼なんか言わなくちゃならないんだ?』

 と美夜部みやべが言い返す。

「生意気だぞ、子兎こうさぎ!」

 と言う紅蘭こうらんの顔を見て、

『まったく、食事で顔を汚すな』

 美夜部みやべが手拭きで綺麗に拭うと、

子狐こぎつね、ありがとう』

 と一言礼を言った。

「え? 何? 今、俺に礼を言ったのか?」

 紅蘭こうらんは突然の事で戸惑いながら、

「もう一度言ってよ」

 と言うと、

『ふんっ! 二度と言わない』

 と美夜部みやべがそっぽを向いた。

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