第32話

 一方その頃、玄理くろまろまどかと共に部屋へ入り、

兄様あにさま、挨拶もなく出て行ってしまって申し訳ございませんでした」

 とまどかに深くこうべを垂れた。

「うむ。考えがあっての事だろうと分かっていた。何も言わなくていい」

 とまどかは優しく微笑む。

「時間が無いのだろう? すぐに始めよう」

 そう言ってまどかが座ると、玄理くろまろまどかと向かい合って座った。

玄理くろまろ、準備は出来たか?」

 まどかが聞くと、

「はい、兄様あにさま

 と答えた。

「では、始めよう」

 まどかは目を瞑り胡坐をかいて指で輪を作り、両腿りょうももにそっと乗せた。言葉は発せず、ただもくしている。玄理くろまろも同様にしている。これは心を穏やかにして気を巡らせるため。十分に気が巡ったところで、二人は両手を胸の前にして、中指の先を合わせ他の指を内側に曲げて手印を組む。そして静かに息を吐いた。彼らの身体に巡った気が、今度は二人の身体を巡り始める。玄理くろまろは温かな気が身体に流れるのを感じた。これは仙術の一つであり、高度な術のため、誰もが出来る事ではない。そして何より、この術を使う者同士は、相手を信頼し、深い愛が必要だった。二人の気を互いに交換し合い、共有することで、損なった気を補い合う。今は玄理くろまろが気を損ねているため、まどかの気でそれを補う。二人の気が混ざり合い、魂は結合し、その記憶も痛みも苦しみも、そして幸せも全てを共有する。玄理くろまろの気が十分に補えたところで、静かにその術を解くと、

玄理くろまろ

 とまどかが声をかけた。

「はい、兄様あにさま

 玄理くろまろが答えて目を開けると、まどか玄理くろまろににじり寄り、そっとその頬に触れて、

「妻を娶ったのだな?」

 と薄く笑みを浮かべて聞く。

「はい」

 玄理くろまろまどかを見上げて答える。二人は鼻先が付きそうなほどに顔を寄せていた。

「それは良かった。叔父上はこの事を?」

 まどかが聞く。

「まだ、報告はしていません」

「そうか、事が済んだら叔父上に報告しなさい」

 まどかの優しい眼差しに、どこか淋し気な影が見える。

「はい、兄様あにさま

 玄理くろまろまどかを見つめる瞳には熱が籠っている。その瞳を真っ直ぐ見つめるまどかの瞳も同様に熱い。二人の交わす言葉は、まるで愛の囁きのように聞こえる。


美夜部みやべを迎えに行こう」

 まどかが言うと、

「はい、兄様あにさま

 と玄理くろまろは返事をして、二人は美夜部みやべのいる部屋へ向かった。


 美夜部みやべ紅蘭こうらんのいる部屋へ行き、

美夜部みやべ

 と玄理くろまろが声をかけて入ると、子狐こぎつねの姿の紅蘭こうらんが、ふさふさの尻尾で、白兎しろうさぎ美夜部みやべを大事そうに包んで眠っていた。玄理くろまろの声を聞いた紅蘭こうらんは、ぴくりと耳を動かし、

玄理くろまろ!」

 と彼の名を呼び、嬉しくて尻尾を振りたいのだが、小さな白兎しろうさぎ美夜部みやべを転がしてしまわぬように、我慢しているようで、ぴくぴくと尻尾が小さく動いた。くすぐったかったのか、

子狐こぎつね!』

 と声を荒らげて、美夜部みやべが起きた。

美夜部みやべ、迎えに来た」

 まどかが言うと、

『はい、兄様あにさま

 と白兎しろうさぎの姿のままの美夜部みやべが言う。

「さあ、行こう」

 玄理くろまろ美夜部みやべを抱き上げて、

紅蘭こうらん、ここで待っていて」

 と紅蘭こうらんに声をかけた。

「おう、待ってる!」

 と紅蘭こうらんは尻尾を激しく振った。

「いい子だ」

 玄理くろまろ紅蘭こうらんに笑みを向けて、部屋をあとにした。


 玄理くろまろまどか、そして白兎しろうさぎ美夜部みやべは、美夜部みやべの身体が保管してある部屋へと向かった。美夜部みやべの身体は棺に納められ、術によってその肉体の状態を保っていた。玄理くろまろはその術を解き、棺を開けると、

兄様あにさま、これが蘇生術の方法です」

 とまどかに術の方法の書かれた紙を見せた。

「うむ」

 まどかはその術を理解し、

玄理くろまろ、始めよう」

 と静かに言って、美夜部みやべの身体の上に白兎しろうさぎを乗せた。


 そして、二人は美夜部みやべの身体の両側に座り、目を閉じて手印を組むと、身体から霊気を発し、美夜部みやべの身体を包んだ。二人の霊気は白兎しろうさぎから美夜部みやべの霊魂を取り出し、美夜部みやべ本体の口から霊魂と共に入っていった。暫くその状態を維持していたが、美夜部みやべの霊魂は本体に定着しない。それでも、諦めることなく、二人は力が尽きるまで続けた。


玄理くろまろ

 まどかが静かに言う。彼の額には汗が光っていて、美しい色白の顔には血の気が無く、更に白く見えた。玄理くろまろにはまどかが何を言いたいかが分かっていた。

兄様あにさま

 玄理くろまろが力なさげに言うと同時に、二人は術を解く。すると、美夜部みやべの霊魂は再び白兎しろうさぎの中へと戻っていった。白兎しろうさぎ美夜部みやべは意識がなく、ぐったりとしている。玄理くろまろはそっと白兎しろうさぎを抱きかかえて頬を寄せ、

「ごめん、美夜部みやべ

 と声を震わせた。まどか玄理くろまろの傍らに寄り、

「お前は悪くない。手は尽くした。それでも、思うようにならない事もある」

 そう言って、包むようにそっと抱いた。長い時間、二人は蘇生術の為に霊力を使い、ほとんど力は残ってはいない。そのため、そこから動くことも出来ずに、気を失う様に眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る