第31話

 徐福じょふくと別れて、玄理くろまろたちはそのまま葛城山へと縮地しゅくちの術で帰った。


 葛城山はいつもと変わらず、修行する弟弟子おとうとでしたちの姿があった。ただ、大戦前と違うのは、その人数が極端に少ないという事だった。突然、姿を現した玄理くろまろたちに気付いた弟弟子たちは、

兄様あにさま!」

 と声を上げて駆け寄った。

「ただいま」

 玄理くろまろが弟弟子たちに笑顔を向けると、玄理くろまろの隣にいる美夜部みやべへと視線を向けた。見た目は生前の美夜部みやべそのものだが、その姿は霊力によって作り出されたまがい物。修行が足りない者たちでも、それは分かったようだ。

美夜部みやべ兄様にいさま。お帰りなさい」

 と弟弟子たちは、美夜部みやべに深く頭を下げたが、

『うむ』

 美夜部みやべは何も語らない。

「俺たちは、父上にご挨拶に行くから、お前たちはしっかり修行しなさい」

 玄理くろまろは弟弟子たちに微笑みを向けて言うと、父親の待つ奥の家屋へと向かった。


 玄理くろまろの父は、彼らが縮地しゅくちの術でこの葛城山へ来た時に気付き、座して待っていた。

「入りなさい」

 父が言うと、玄理くろまろたちは板の間に上がり、父の前に並んで座った。

「父上、ただいま戻りました」

 と玄理くろまろが頭を下げると、美夜部みやべも共に頭を下げた。それに倣って紅蘭こうらんも頭を下げる。

「うむ。無事で何よりだ」

 と父は言って、

美夜部みやべ、霊力が戻ったようだが、妖邪ようじゃの気に変わっている。具合はどうだ?」

 と美夜部みやべを案じるように声をかけた。

『具合は良いです』

 美夜部みやべが答えると、

「そうか」

 と父が静かに言う。それから、

玄理くろまろ、禁書は手に入ったのか?」

 と玄理くろまろに尋ねた。

「禁書は手に入りませんでしたが、蘇生術の方法を知る者に書いてもらいました」

 玄理くろまろが答えると、

「そうか」

 と父は言い、美夜部みやべに視線を向けてから、玄理くろまろに向かって、

美夜部みやべには時間がないが、お前は霊力を消耗している。このままでは術を使えない」

 と一度言葉を切り、

まどか

 と静かに言うと、音もなく父の傍らに若く美しい男が現れ跪いて、

「はい」

 と答えた。男は葛城氏の者らしく、洗練された白い服を身に纏い、長い黒髪がさらりと肩から落ちた。

兄様あにさま、ご無沙汰しております」

 玄理くろまろまどかと呼ばれた若い男に挨拶すると、まどかは頭を上げて、

「うむ、久しいな。無事で何より」

 と玄理くろまろに言葉をかけたあと、美夜部みやべへ向き、

美夜部みやべ、会えてよかった」

 と微笑んだ。その微笑みは春の風のように穏やかで、優しさ満ち溢れていた。美夜部みやべはその優しさに包まれて、顔がほころぶのだった。

まどか玄理くろまろに霊力を分けてやれ」

 父が言うと、

「はい、叔父上」

 とまどかが答える。

玄理くろまろ、一緒に」

 とまどかが立ち上がり、玄理くろまろの肩にそっと触れて、後ろへ向き直り、

「叔父上、失礼します」

 と父へ頭を下げて、二人は部屋を出て行った。


美夜部みやべ、疲れただろう。そしして、狐。腹は減っていないか?」

 と父が玄理くろまろとよく似た笑顔で聞くと、

「うむ! 腹が減った」

 と紅蘭こうらんが答えて、

『お師匠様のお気遣いに感謝を』

 と美夜部みやべは頭を下げた。

「うむ。二人とも、部屋で休むといい」

 と父は言って、

きよ

 とその名を呼ぶと、少女が足早にやって来て、

「はい!」

 と元気よく返事をした。

「この者たちを部屋へ案内しろ。そして、食事を運べ」

 と申し付けた。

「はい!」

 きよは返事をして、二人に向かって、

「どうぞこちらへ!」

 と大きな声で言った。

「元気だなあ、お前」

 紅蘭こうらんが言うと、

「はい!」

 ときよが返事をする。近くで大きな声を聞いた美夜部みやべは耳を手で塞いで、眉を顰めた。


 二人を部屋へ案内すると、

「ただいま、お食事の用意をして参ります! 少しお待ちください!」

 ときよは言って、去っていった。

『騒がしい奴だな』

 と美夜部みやべが呟くと、

「そうか? 元気でいいじゃないか」

 と紅蘭こうらんが笑う。暫くして料理が運ばれると、

「おっ! 美味そうだな!」

 紅蘭こうらんは早速食べ始めた。

「お食事が終わったら、食器は外へ置いて下さい! 私が片付けます!」

 ときよが言う。

「うぐっ、ありがとう」

 紅蘭こうらんは、口いっぱいに物を入れながら礼を言った。

子兎こうさぎ、お前は食べないのか?」

 食事に手をつけない美夜部みやべを見て紅蘭こうらんが聞くと、

『うむ、疲れた』

 と美夜部みやべは力なく言うと、白兎しろうさぎの姿に戻り、程なくして小さな寝息を立て始めた。

「そうか、疲れていたんだな」

 紅蘭こうらんは心配そうに白兎しろうさぎへ視線を向けたが、食べることは止めずに、すべての料理を平らげ、食器を外へ置くと、子狐こぎつねの姿へ戻り、ふさふさの大きな尻尾で白兎しろうさぎを優しく包んで眠った。

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