第30話

徐福じょふく、お前は偽物だな? 本物はどこにいる?」

 玄理くろまろが聞くと、

「教えるわけがないだろう?」

 と偽物の男が言う。

「そうだろうな」

 そう言うと玄理くろまろは男に向けた指で空間に文字を書いて飛ばすと、男の身体に光る文字が刻まれた。すると、男は悲鳴を上げたが、倒れることはなく、縛られたように身体が硬直した。

「さて、お前に聞きたい事がある。お前は何者だ? 名を言え」

 玄理くろまろが落ち着いた声で聞くと、口を噤もうと足掻いたが、その意思に反して男は答える。

物部雄君もののべのおきみ

「何故ここにいる?」

「叔父の命令だ」

「ここで何をしている?」

「徐福の身代わり」

「なぜ、身代わりを?」

「徐福がいなくなったことを知られないため」

「徐福がいなくなったら、何が起こる?」

国造くにのみやつこに知られて術師が探しに来る」

「術師が来たらどうなる?」

「呪縛して隠した徐福が見つかり、物部もののべが罰せられる」

「徐福はどこにいる?」

「裏の小屋に中」

 そこまで聴き出すと、玄理くろまろ美夜部みやべに目配せした。美夜部みやべは黙って頷き、紅蘭こうらんと共に裏の小屋へ向かった。

鬼術十篇きじゅつじっぺんはどこにある?」

渋川しぶかわ物部もののべの屋敷」

「それは誰の屋敷だ?」

物部布都久留もののべのふつくる

「そうか。お前を殺しはしないが、俺には逆らえないよう縛る」

 玄理くろまろはそう言って、縛りの術をかけ、拘束を解いた。

「お前の配下の者たちは、お前の命令に従い命を落とす事となった。弔ってやるがいい」

 玄理くろまろはそう言い残してやしろを出ると、裏の小屋へ向かった。


 小屋の中には静かに座して目を閉じた徐福がいた。呪縛されている身でありながら、身体から発せられる光は、その存在が神であることを物語っていた。美夜部みやべ紅蘭こうらんはその光に近付くことが出来なかった。玄理くろまろは彼らの肩にそっと手を置き、

「外に居て」

 と声をかけて、徐福へと向き直り、

「あんたが徐福だな? 神でありながら、なぜ、人に縛られたふりをするのだ?」

 と尋ねた。神である徐福があの程度の者たちに縛られるはずもないのだ。

「人の世に身を置く私は、人のことわりに従い、人と同じくして、その苦しみも幸福も知ることが出来る。私を捕らえ、書物を奪った者たちも、人として生き、そして死んでいく。私はその成り行きをただ見守る。そして、今、こうして人である貴方が私の呪縛を解きに来た。これも人の成す事。貴方が求めた物はここにはないが、既に貴方はそれがどこにあるかを知っている。私を解放する事は、貴方にとって何の得もないが、貴方は私の呪縛を解くということを私は知っている」

 と徐福は柔和な表情で述べた。

「あんたの言う通り。俺に得は無くても、俺はあんたの呪縛を解く。あんたは人の欲の為に、こんな目に遭った。俺は人として、これを見過ごすことは出来ない」

 玄理くろまろはそう言って、徐福にかけられた術を解き、その身を解放した。

「外に十人の遺体がある。そして、お前の身代わりをしていた者は、俺の縛りでこれ以上の悪事を行う事は出来ない。後の事は、あんたに任せる。俺たちは急いでいるから、もう行く」

 玄理くろまろの言葉に、

「あの書に書かれていた術の何が知りたい?」

 と徐福が聞く。

「教えてくれるのか?」

 玄理くろまろが聞くと、

「うむ。今、その術の方法を書いてやろう」

 徐福が答えた。

「本当か⁉ それなら、今すぐに書いてくれ」

 そう言うと、玄理くろまろたもとから紙と筆、そして墨を取り出した。それを見た徐福は、驚きもせずにそれを受け取ると、

「では、どの術を知りたい?」

 と再び訪ねた。

「蘇生術を」

 玄理くろまろが言うと、徐福は頷いて、筆を走らせた。暫く待つと、

「これがその術の方法だ」

 そう言って、徐福がその紙を玄理くろまろに渡した。

「うん! ありがとう!」

 玄理くろまろが笑顔で礼を言うと、徐福は穏やかに微笑み、

「それでは、もう行きなさい。あの者には時間がない」

 と美夜部みやべへ視線を向けた。徐福には分かっていたのだろう。

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