第29話

「ところで聞くが、あれは何という山だ?」

 玄理くろまろが山を指して言うと、

金立山こんりゅうざんです」

 と男が答えた。

「そうか。この山に徐福じょふくという者が住んでいると聞いたが?」

 玄理くろまろの言葉に、

「ああ~、居ますとも、居ますとも。徐福様は神様ですよ。最近、お見掛けしないですが、神様ですからね。病気になったわけじゃないでしょうから、いらっしゃると思いますよ。金立山こんりゅうざんの山頂にお社がありますから、行ってみてください」

 男は言った。その口ぶりを聞けば、徐福は神として皆に親しまれているようだった。

「教えてくれて、ありがとう」

 玄理くろまろは、男に礼を言って、

「それじゃあ、行こうか」

 と美夜部みやべ紅蘭こうらんを促した。金立山こんりゅうざんの麓まで来ると、妖しげな気配を感じて、玄理くろまろ美夜部みやべへ視線を向けた。美夜部みやべも気付いたようで無言で頷く。紅蘭こうらんは、

「なんだ? 誰か俺たちを見ているぞ? 出て来いよ」

 と声をかけた。しかし、その気配の者たちは姿を見せない。

「妖しい奴らめ!」

 紅蘭こうらんが言うと、美夜部みやべが彼の肩にそっと手を置き、

『気にするな』

 と眼差しを向けた。

美夜部みやべ、飛んでいこう」

 玄理くろまろが言って飛翔すると、美夜部みやべ紅蘭こうらんを抱きかかえて飛翔した。そのまま真っ直ぐ山頂の社まで行くと、先ほど感じた怪しげな者たちは彼らを追いかけるように山を駆け上って来た。それも、人ならぬ速さだ。

「彼らは何者だろうか? 俺たちに敵意を向けている」

 玄理くろまろが言うと、

『それなら、敵なのだろうな』

 と美夜部みやべが答えて紅蘭こうらんを下ろした。追いかけて来た者たちは、姿を見せずに遠巻きにして玄理くろまろたちを囲んだが、玄理くろまろは彼らの事は無視して社へ近付いていき、

徐福じょふく、ここにいるのなら、出て来てほしい」

 と声をかけた。すると、社から男が一人現れて、

「私にどんな御用でしょうか?」

 と聞いた。

「あんたが徐福か?」

 玄理くろまろは確認するように尋ねると、

「そうだ」

 と徐福が答える。

「そうか。会えてよかった。あんたに、頼みがある。鬼術十篇きじゅつじっぺんという書物を持っていると聞いた。それを見せて欲しい」

 と単刀直入に言うと、

「それは出来ない。あれは禁術。人に見せる事も、術を教える事もしないと決めている」

 と徐福が答えた。

「そうか、それは残念だ。あんたが、そういうつもりなら、俺は無理にでもそれを見る事になる。俺には必要な術がそこには記されているという。あんたには悪いが、少し手荒な事をしなくちゃならない」

 玄理くろまろはそう言って、徐福に向かって身構えた。

「それならば、私も容赦はしない」

 徐福も玄理くろまろと対峙して身構える。すると、美夜部みやべ紅蘭こうらんを囲んでいた者たちが姿を現し、彼らも戦闘準備の体制を整えた。それを見て美夜部みやべは、

子狐こぎつね、こいつら全員敵だ。俺から離れるなよ』

 と静かに声をかけた。玄理くろまろは背後の様子に気付き、

美夜部みやべ紅蘭こうらんを守ってくれ」

 と振り返らずに言うと、

『ふんっ! 言われなくとも』

 と美夜部みやべは言って、左腕で掬う様に紅蘭こうらんを抱き上げ、右手には剣を持った。この剣は美夜部みやべの霊力で出来ていた。

子兎こうさぎ、お前、俺を抱えたまま戦う気か?」

 紅蘭こうらんが聞くと、

『ふんっ! 見くびるなよ』

 美夜部みやべが言ったと同時に、黒ずくめの敵が一斉に剣を振り上げて襲いかかって来た。その時、美夜部みやべは剣を真一文字に一振りした。すると、黒ずくめの者たちの身体が上下に離れて地に落ちた。

「子兎、お前って強いんだな?」

 紅蘭こうらんが感心したように言うと、

『ふんっ! 無論だ』

 と美夜部みやべが得意顔で言って、玄理くろまろのいる社の方へ視線を向けた。それを見て、

徐福じょふくも敵か?」

 紅蘭こうらんが聞くと、

『ああ、こいつらの親玉だ。だが、妖邪ではなく、みんな人だ。それでも、敵なら殺す』

 と美夜部みやべが殺気を纏わせて言う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る