第25話

 玄理くろまろたちが降り立った地は筑紫国つくしのくに。ここには大陸の文化、技術、物資なども多く入っているようで、とても栄えていた。

「街に活気がある。少し歩こう」

 玄理くろまろ美夜部みやべにそう言って、

紅蘭こうらん、お前も人の姿になって一緒に歩こう」

 腕に抱いている紅蘭こうらんに笑みを向ける。

「おう!」

 紅蘭こうらんは返事をして、玄理くろまろの腕から降りた瞬間に人へと変化へんげした。もちろん、周りの者に見られないように、玄理くろまろは結界で紅蘭こうらんを包んでいた。

「さあ、行こうか」

 玄理くろまろ紅蘭こうらんの左側に寄り添い、肩にそっと手を触れて言った。


 紅蘭こうらんの細い三つ編みの根元には、先日、玄理くろまろみやこで買ってあげた髪飾りが付いていて、歩くたびに揺れて、艶やかな朱色の珠がキラキラと照り返す。

「この飾りは、お前によく似合っている」

 玄理くろまろが嬉しそうに言うと、

「そうだろう? 俺も気に入っている」

 と紅蘭こうらんも満足そうに笑みを浮かべた。

玄理くろまろ、俺はしばらくこの姿を保てる。青菜ばかり食わせれて、いい加減飽きたぞ。何か美味いものが食いたい』

 美夜部みやべが腕組みして、玄理くろまろの左側を歩きながら言う。

「そうだな。紅蘭こうらんも腹が減っただろう? 何か食べよう」

 玄理くろまろ紅蘭こうらんに優しく笑みを向けて言うと、

「おう!」

 と紅蘭こうらんは嬉しそうに返事をした。


 三人並んで街を歩いていると、ちらちらと人々の視線が向けられ、何かこそこそと話しているのが気になった。

「なんで、みんな見てくるんだ?」

 玄理くろまろが言うと、

『お前が海で人を助けたことが知れ渡ったのだろう』

 美夜部みやべが言う。

「そうか。少し目立ったかもな」

 玄理くろまろはそう言って、気にするのを止めた。

「なんか、いい匂いがするぞ」

 鼻の利く紅蘭こうらんが言う。

紅蘭こうらん、匂いのする所へ行こう」

 紅蘭こうらんが、クンクンと匂いを辿って、料理を出す店へと着いた。

「ここだ!」

 紅蘭こうらんが嬉しそうに言うと、

「偉いぞ」

 玄理くろまろはそう言って、紅蘭こうらんの頭を撫でた。三人でその店に入ると、皆が驚いて席を立ち、店の者は、

「いらっしゃいませ!」

 と声を裏返らせた。

「そんなに驚かないで。俺たちは敵じゃない」

 苦笑いしながら玄理くろまろが言うと、

「神様! どうぞこちらへ!」

 客が自分の席を空けて、その席を勧めた。

「ありがとう。でも、空いている席があるようだから、席を空けてくれなくてもいい」

 客の男にそう言って、

「ねえ、あんた。この席に座っていいか?」

 と店の者に聞くと、

「どうぞ、どこでも、お好きな場所にお座り下さい、神様」

 と美夜部みやべに向かって言う。

『俺は神ではない。海で人を助けたのは俺ではなく、こいつだ』

 と言って、玄理くろまろを指差すと、皆の視線が玄理くろまろへ集まる。見た目が立派な美夜部みやべを神だと思っていたが、まさか、この頼り無い若者がという疑いの目だった。

『こいつはこう見えても、優れた術者だ。人の乗った船を浮かべて岸まで運んだ』

 美夜部みやべが言った時、店の外から入って来た者が玄理くろまろを見つけて、

「神様! こちらにいらしたのですか!」

 と駆け寄った。それを見た者たちは、やっと、玄理くろまろが人々を助けたのだと理解した。

「おお! このお方が神か! よく見ると穏やかなお顔立ちに、品のある佇まい。正に神だ!」

 とついさっきまで、疑いの目を向けていた者が言う。それを見て、

「なんだよ? さっきと態度が違うじゃないか」

 と紅蘭こうらんが呟く。

「まあ、まあ。みんな落ち着いて。俺は神じゃない。仙術と呪術、それに法力を使える」

 と玄理くろまろが言うと、

「ほう?」

 皆、呆けたような顔をしている。理解が追い付かないようだ。

「仙人と呼ばれたり、術者と呼ばれている」

 と言い方を変えると、

「ほう! 仙人さまでしたか!」

 それで納得したように、皆が頷いている。

「さて、紅蘭こうらん。何が食べたい?」

 玄理くろまろ紅蘭こうらんに聞くと、

「肉、それと魚」

 と答えた。

美夜部みやべは何が食べたい?」

 美夜部みやべに聞くと、

『青菜以外』

 と答えた。

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