第24話

 夜が明けると、猫たちの姿はなく、屋敷はひっそりと静まり返っていた。

「引っ越しをしたようだな?」

 玄理くろまろはそう言って、満足げに笑みを浮かべた。あのまま放置していれば、人は食われ続けただろう。

「さて、行こうか」

 玄理くろまろは二人の友に声をかけて猫の屋敷を出た。彼らの行く先には海峡があり、その向こうには陸が見える。

「この海は船で渡るには困難だ、飛んでいこう。美夜部みやべ、お前は飛べるか?」

 と聞くと、

『ふんっ! 誰に聞いている?』

 と人の姿の美夜部みやべが言う。

「子兎め、急に霊力が強くなったな。それとも、悟られないように抑えていたのか?」

 と紅蘭こうらんが聞くと、

『愚かな子狐に、答えてやる義理はない』

 と美夜部みやべは悪態をつく。

「なんだと!」

 紅蘭こうらんは息巻いて、美夜部みやべを見上げ胸を張った。

『小さな子狐。そう怒るな』

 と美夜部みやべ紅蘭こうらんの頭にそっと手を置いて微笑んだ。まるで、子供をあやすように。

美夜部みやべ紅蘭こうらんを揶揄うな」

 玄理くろまろ美夜部みやべに言って、

紅蘭こうらん、おいで」

 と紅蘭こうらんに両手を広げた。

「おう!」

 紅蘭こうらんは子狐の姿になって、その胸に飛び込んでいくと、玄理くろまろは優しく抱いて、

「それじゃあ、行こうか」

 美夜部みやべに声をかけて飛翔した。美夜部みやべ玄理くろまろに続いて飛翔すると、荒れる波に翻弄される船が眼下に見えた。

美夜部みやべ紅蘭こうらんを頼む」

 玄理くろまろはそう言って、紅蘭こうらん美夜部みやべに託して、人の乗る船へとそっと降り立ち、

「もう大丈夫だから、みんな落ち着いて」

 と人々に声をかけた。真っ白な洗練された服を身に纏い、空から降り立つその姿に、人々は驚愕し、その神々しさに、

「神よ、我らをお助け下さい」

 と言って、平伏した。

「神ではないが、助けよう」

 玄理くろまろはそう言って、両手を広げると、船が少し海面から浮いて、そのまま揺れることなく目指す陸へと進んでいった。船が岸へ着くと、

「もう安心だ。俺は行くよ」

 と言って、玄理くろまろは船から降りた。人々の感謝の言葉は幾重にも重なり、玄理くろまろの姿が見えなくなるまで続いた。


『大歓声だな、玄理くろまろ

 美夜部みやべがにやりと笑みを浮かべて言う。その足元には子狐の姿の紅蘭こうらんがいた。

「冷やかすなよ」

 玄理くろまろ美夜部みやべに言って、

紅蘭こうらん

 と紅蘭こうらんに声をかけると、紅蘭こうらんはとび上がって、玄理くろまろの胸に飛びついた。

「さあ、行こうか」

 玄理くろまろ紅蘭こうらんを胸に抱いたまま歩くと、

『子狐を甘やかすなよ』

 と美夜部みやべが言う。

「なんだよ! 子兎め! 今まで甘えていたくせに!」

 と紅蘭こうらんは後ろを歩く美夜部みやべへ振り返って言い返す。

紅蘭こうらん、あいつの言う事は気にするな」

 と玄理くろまろ紅蘭こうらんの頭を撫でて宥めた。それを見て、

『ふんっ!』

 と美夜部みやべは鼻を鳴らした。

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