第23話

「そろそろ、ここのあるじに会わせてくれ。話しがしたい。いるのだろう? 出て来いよ」

 玄理くろまろは猫の男との無駄な話しを切り上げてそう言うと、男が怒って、

「何だと!」

 といきり立ったが、

『もういい、下がれ。我に会いたいとはな。いい度胸だ』

 そう言って、強い邪気のあるじが現れた。美しく若い女の姿だった。その強い邪気を警戒した白兎しろうさぎ美夜部みやべは、抑えていた霊気を解放して、人の姿となり、玄理くろまろの前に立った。美夜部みやべの背丈は、玄理くろまろより四寸ほど高く、意志の強さを表したようなはっきりとした眉に、眼光の鋭い瞳、一文字に結ぶ薄い唇が、相手を強く威嚇するような迫力があり、玄理くろまろの服と似た、白を基調とした服を身に纏っていた。

『猫、俺が相手になろう』

 美夜部みやべが敵意をむき出しにして言うと、

美夜部みやべ、霊気が大分強くなったな。俺の事は心配しなくていい」

 玄理くろまろがそっと美夜部みやべの身体に触れて、彼の前に出た。そして女に向かって、

「宿を探しているところ、その猫にここへ案内された。一晩、宿を借りたいのだが、良いだろうか?」

 と玄理くろまろが尋ねると、

『そうか。あの者が猫であること知りながら、ここへ宿を借りに来たのか? お前に企みがあるのなら、容赦はしないが、ただ、宿を借りに来たのなら、泊っていくがいい』

 玄理くろまろの強い霊気に力量の差を悟った女はそう言って、他の猫らに目配せをする。

「ありがたい。では、この部屋を借りよう。ところで、お前たちは人を食べないと生きていけないわけではないだろう? なぜ、人を食うのだ?」

 と玄理くろまろが尋ねると、

『なぜ、それを聞くのだ? 人を食べるのを止めろとでも言うのか?』

 と女が言う。

「お前は、あいつらの邪気を強めようとしているのだろうが、あまり感心はしない。このままでは、術者に退治されるだろう」

 玄理くろまろが言うと、

『お前が我を退治しに来たのか?』

 と女が言う。

「そうかもな。だが、これ以上、人を食べないと約束し、街から離れるなら、これまでの事は咎めはしない」

 玄理くろまろの言葉に、

『その言葉、忘れるでないぞ。もし、お前が約束を違えたなら、我は容赦しない』

 と女が答えた。

「うん。それでいい」

 玄理くろまろは笑顔で言う。妖猫ようびょうあるじ玄理くろまろと約束をした事で、配下の猫たちはあるじの意思に従い、その場からそっと離れていった。

「ところで、猫。俺たちをここへ泊めてくれるのか?」

 と玄理くろまろは再度確認した。

『ふんっ! お前はのん気だな。歓迎はしないが、ゆっくり休め。誰にも手出しはさせぬ』

 と女が呆れたように言った。

「お前、人の姿になっているのは、人が好きだからだろう? 人の街の近くに屋敷を構えたのも、人と関わりたいからだろう? 俺との約束を守るなら、人の街に行っても咎めない。もし、術者に退治されそうになったなら、俺と約束を交わしたことを告げろ。これを約束の証として見せれば、見逃してくれるだろう」

 そう言って、玄理くろまろは腰に付けていた翡翠の佩玉はいぎょくを渡した。

『うむ』

 女は満足気に笑みを浮かべて、融けるように姿を消した。

「良いのか? あれをくれてやって?」

 紅蘭こうらんが聞くと、

「ああ、構わない。猫が人を食べないと約束してくれたのだから。それに見合った礼をしたまでだ」

 と玄理くろまろは言ったが、佩玉はいぎょくは強い霊気を帯びていて、猫を縛ったのだった。

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