第22話

 翌朝、阿武国造あむのくにのみやつこらに見送られて阿武国あむのくにを出た。そして、日中は歩き続けて夕刻には穴門国あなとのくにへと入った。

「やっと、ここまで来たな」

 玄理くろまろはそう言って、これまでの旅を振り返る。

「海を越えれば筑紫国つくしのくに、そして、その隣が火の国となる。こうしてみれば、思ったよりも遠くはないな」

 そんな玄理くろまろの言葉に、

「俺には遠い。こんなに遠くまで来たのは初めてだぞ」

 と紅蘭こうらんが言う。

「どこかで宿を取ろう」

 玄理くろまろが言うと、通りかかった男がそれを耳にして、

「宿をお探しですか?」

 と声をかけてきた。

「はい。知っていれば案内をお願いしたい」

 と玄理くろまろが言うと、

「では、ご案内致します。どうぞこちらへ」

 と男は歩き出した。急に声をかけて来た男に、妖しい気を感じた玄理くろまろは、その男について行った。もちろん、妖狐の紅蘭こうらんも、死者である美夜部みやべも気付いていたが、彼らは黙っていた。男は街から出て、灯りのない木々の間を黙々と歩く。そして、

「こちらです。街から離れましたが、ご心配には及びません。さあ、どうぞ中へ」

 男に言われるまま中へ入ると、妖邪の気はさらに強くなる。

「こちらでお休みください。お食事はいかがなさいますか?」

 と男が尋ねたが、

「食事は要らない。案内してくれてありがとう。もう行っていいよ」

 と玄理くろまろが言う。男が去ると、玄理くろまろは部屋に結界を張った。

「ここは一体なんだ? 何がいるんだろう?」

 玄理くろまろが言うと、

「猫だ」

 と紅蘭こうらんが言った。

「あの男は猫だ。だから、ここにいる強い邪気を持つ者も猫だろう」

 と紅蘭こうらんは言葉を続けた。

「俺たちをここへ連れて来て、何がしたいんだ?」

 玄理くろまろが言うと、

『決まっている。俺たちを食うつもりだ』

 と白兎しろうさぎ美夜部みやべが、玄理くろまろの懐から顔を出して言う。

「そうだろうな」

 玄理くろまろも分かっていてついて来た。人の住む街の近くに、こんな妖しげな者がいるのを放ってはおけないと思ったからだ。

「さて、紅蘭こうらん、腹が減っただろう」

 玄理くろまろはそう言って、たもとから物を取り出した。それは皿に乗った調理された肉。夕べの宴で出された料理を仕舞っていたのだ。

「おお! これはすごい! お前の服はどうなっているのだ?」

 紅蘭こうらんは驚いたのと、嬉しいので目を丸くした。

「袂の中には俺の領域を作っている。物を入れたり、状態を保ちながら保管できる。その料理も傷んではいないから、安心して食べなさい」

 玄理くろまろはそう言って、紅蘭こうらんに微笑みを向け、

美夜部みやべ、お前の青菜もあるぞ」

 袂から青菜を出して、白兎しろうさぎ美夜部みやべの口元へ差し出すと、いつものように可愛い食事風景を眺めて笑みを浮かべた。

 玄理くろまろは何も食べず、美夜部みやべ紅蘭こうらんが食事を済ませると、

「さて、そろそろ始めようか?」

 そう言って、結界を解いた。すると、それを待ち構えていたかのように、猫のあやかしが一斉に部屋へと入って来た。

「みんなで、俺たちを歓迎してくれているのかな?」

 笑みを浮かべて玄理くろまろが言うと、

「お前は何者だ? 狐と兎もただの獣じゃない。何を企んでいる?」

 先ほどの男が、人の姿を解いて、猫の姿で言う。

「俺をここへ連れて来たのはお前だ。お前たちこそ、俺をどうしようとしていたのだ?」

 と玄理くろまろが問い返す。玄理くろまろは男に声をかけられたとき、霊気を抑えていた。人の姿をしている紅蘭こうらんも、常に邪気を抑え、術者にあやかしであることを悟られないようにしていた。それで、猫のあやかしも気付かずに連れてきたのだった。

「ふん! それを聞いてどうする? 俺たちが人を食って何が悪い? お前たち人も獣を捕って食うだろう? 同じことだ」

 猫の男は、悪びれることなく言った。

「そうだな。お前は正しい。だが、俺は黙って食われはしない。俺がここへ来たのは、宿をとるためだ。静かにしていてくれると助かるのだが?」

 玄理くろまろが言うと、

「は? お前、何をたわけたことを言っている? お前たちはもう捕らわれの身だ。俺たちに食われるために。それが、宿だって? 静かにしてくれだって? お前はどうかしているのか?」

 男が呆れたように言う。

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