第21話

『人よ、お前の名を聞こう』

 山の神が尋ねると、

「俺は葛城玄理かつらぎのくろまろだ」

 と玄理くろまろが名乗る。

『うむ、覚えておこう』

 山の神は満足して姿を消した。

『我はなぜ呼ばれた?』

 海の神が不満げに言う。

「海の神、貴方のおかげで山の神が姿を現した。偉大な海の神に感謝を」

 玄理くろまろが言うと、

「偉大な海の神に感謝を」

 皆がその言葉を繰り返す。

『まあ、これで良しとしよう』

 海の神も満足げに笑みを浮かべて姿を消した。


 阿武国造あむのくにのみやつこの屋敷へ戻ると、皆ずぶ濡れの服を脱ぎ、渇いた服に着替えた。

葛城かつらぎ、お前の着替えも用意させた。着替えるがいい。連れの者も」

 と阿武国造あむのくにのみやつこが言ったが、

「お気遣いに感謝する。しかし、俺たちの服はもう乾いた」

 と玄理くろまろが言う。彼が言うように、すっかり乾いた服を見て、

「お前は一体、何者なのだ?」

 と阿武国造あむのくにのみやつこは呆気にとられた様に言う。

「俺は葛城山で修行をして仙術を身に着けている。呪術も使う」

 と玄理くろまろが答えると、

「まさか、あの白朱びゃくしゅの大戦の葛城氏か?」

 と阿武国造あむのくにのみやつこが聞く。

「そうだ」

「なるほど。それで合点がいった。もっと早く言ってくれ。これまでの無礼を詫びよう」

 と阿武国造あむのくにのみやつこは頭を下げた。

「頭を上げてくれ。俺より、貴方の方が立場は上だ」

 玄理くろまろは謙遜したが、彼の地位も低くはなかった。


 この一件から、皆の態度が変わり、玄理くろまろたちのために歓迎の宴が行われた。

「なんだ、こいつら。あんなに俺たちを邪険にしていたのに。急に態度を変えたじゃないか」

 紅蘭こうらんが不満げに言うと、

「それが人というものだ。お前も、美味しいものが食べられて満足だろう?」

 玄理くろまろそう言って、紅蘭こうらんを宥めた。そして、

「ほら、美夜部みやべ。青菜だぞ」

 玄理くろまろ白兎しろうさぎ美夜部みやべに青菜を食べさせる。小さな口で、むしゃむしゃと食べる姿が愛おしいとばかりに、笑みを浮かべながら見つめる玄理くろまろ紅蘭こうらんもも見慣れた光景に、何も思わなくなったようで、気にせず目の前の料理を手あたり次第食べている。


 食事が済むと、玄理くろまろたちに部屋が用意され、

「今日はここで、ゆっくりお休みください」

 阿武国造あむのくにのみやつこがいつの間にか、玄理くろまろに敬語を使っていた。

「うん。ありがとう」

 玄理くろまろは礼を言って、白兎しろうさぎ美夜部みやべ子狐こぎつねの姿の紅蘭こうらんと一緒に眠った。

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