第20話

 阿武国あむのくにへ入ると、なぜか空気が乾燥し、土は乾き、サラサラと風に舞う。

「これはどうした事だろう?」

 玄理くろまろは疑問を抱き、木の根に腰を下ろし項垂れている男に尋ねると、

「雨が降らず、土は乾き、作物は枯れ果てた。この地は神に見放されたのだ」

 と嘆いた。

「それはお困りでしょう。まずは皆に水をあげよう」

 玄理くろまろたもとから瓢箪ひょうたんを取り出した。それは以前、水の神から授かった物。

「それでは、家へいらしてください」

 男について行くと、彼の家族は皆項垂れて、動く気力もないようだった。

「喉の渇きを癒しなさい」

 玄理くろまろはそう言って、皆に水を与えた。どれほど与えても減らぬ水を不思議に思い、

「なぜ、その水は減らぬのですか?」

 と男は尋ねた。

「これは水の神から授かった物。常に清らかな水が湧き出るのだ」

 と玄理くろまろが答えると、

「そのような物を神から授かる貴方こそ、正に神ではないか?」

 と言った。

「俺は神ではない」

 玄理くろまろはそう言って、笑みを向けた。それから、

「この国を治める者に会いたい。どこへ行けばよいか?」

 と尋ねると、

「では、私がご案内致します」

 と言って、阿武国造あむのくにのみやつこの屋敷へと案内した。


「何者だ?」

 屋敷を守る者が尋ねると、

葛城玄理かつらぎのくろまろと申します」

 と答えた。

「連れの者は?」

 と聞かれた玄理くろまろは、

「友人の紅蘭こうらんという」

 と答えると、中へ通してもらえた。

葛城玄理かつらぎのくろまろ、ここへは何をしに来たのだ?」

 と阿武国造あむのくにのみやつこに尋ねられると、

「火の国まで行く途中ですが、この国が酷く乾いていたので、何事かと案じて足を止めたのです」

 と答えた。

「それで、お前に何が出来るのだ? 我らが何の手立ても講じていないと思うのか?」

 阿武国造あむのくにのみやつこが言う。

「いえ、そうではありませんが、俺に出来ることがあると思い、ここへ来たのです」

 玄理くろまろの言葉に、半ば呆れたように、

「お前一人に出来る事などありはしない。神でもないのに」

 と笑い飛ばした。そんな態度に、紅蘭こうらんが苛立ち、片膝をついたが、玄理くろまろが無言でそれを制して座らせた。

「お言葉ですが、方法を間違えたのでしょう」

 と玄理くろまろが言うと、

「何と、無礼な!」

 と阿武国造あむのくにのみやつこは怒りを露わにして立ち上がった。

「落ち着いて。俺が何とかしましょう」

 と言うと、

「そこまで言うのなら、雨を降らせてみよ! 出来なければ、お前の首を刎ねてやる!」

 と激怒して言った。


 この騒ぎが皆に知れ渡り、阿武国造あむのくにのみやつこらと、多くの人々が集まり、玄理くろまろが雨乞いをするのを見守った。

「さて、この地の神々。何をそこまで機嫌を損ねたのだろうか? この地の者たちをなぜ苦しめるのだ? 姿を現しそのわけを話してくれ」

 その場所は、神々が住むと言われる神聖な山。しかし、誰も神の姿を見た事はなかった。玄理くろまろの呼びかけに、神が姿を現すなど、阿武国造あむのくにのみやつこは信じてはいなかったが、水が湧きでる瓢箪ひょうたんを目の当たりにした者たちは彼を信じていた。

 しばらく静寂が続いたが、サラサラと木々の葉が風に揺れ、晴れ渡っていた空を暗雲が覆いつくした。そしてついに、神が現れたのだった。

『我を呼ぶ者は誰ぞ?』

 不機嫌そうに現れたのは女神だった。

「呼んだのは俺だ。貴方はこの地の神か?」

 玄理くろまろが聞くと、

『我は海の神。強い力で呼ばれたのだ。我に何用だ?』

「そうか。来てくれてありがとう。この土地に雨が降らず、民が憂いている。雨が降らぬ理由を聞きたい」

『それは、我のせいではない、山の神だ。面倒がらずに、姿を見せよ』

 海の神がそう言うと、

『我をないがしろにした不届き者が、都合よく我を頼るとは許せぬ』

 と山の神が姿を見せて言った。

「そう怒るな。それが人のさがなのだ。愚かであることが、人であるという事だ。今こうして、神の存在が皆に知れ渡った。これで皆が貴方を崇めるだろう。だから、この地に雨を降らせて、神の力を皆に知らしめるといい」

 玄理くろまろが言うと、

『うむ。お前の言う通りだな。我の力をとくと見るがいい!』

 山の神が言うと、暗雲から稲光が走り、恐ろしい轟が響き渡ると、激しい雨が人々を打ち付けた。

「偉大な山の神に感謝を」

 玄理くろまろが言うと、集まった者たちが彼と同じ言葉を繰り返した。

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