第19話

 翌朝、玄理くろまろが目を覚ますと、布美ふみは既に身なりを整えて、玄理くろまろの枕元に座していた。

「布美、おはよう」

 玄理くろまろが声をかけて起き上がると、

「お召し物を」

 と言って、布美は玄理くろまろの服を持ち、少し視線を逸らす。

「ありがとう」

 玄理くろまろは布美の持つ服に袖を通すと、そっと布美を抱き寄せ、

「恥じらうところも可愛い」

 と頬に口付けした。

玄理くろまろ様、服をお召しに……」

 布美が言うと、その口を塞ぐように玄理くろまろが口付けした。それから布美の首筋から胸元までそっと唇で触れると甘い息が漏れ、二人はそのまま肌を合わせる。十分に満たされると、布美はその余韻に浸りながらも身なりを整え、玄理くろまろに服を着せて、彼の身なりも整えた。

「布美、ありがとう」

 玄理くろまろはそう言って、布美の頬に口付けした。

「さて、あの二人はどうしているかな?」

 玄理くろまろが気に掛けているのは、もちろん、美夜部みやべ紅蘭こうらんの事だ。


 二人が寝ている部屋へ行くと、紅蘭こうらんは子狐の姿に戻り、ふさふさの大きな尻尾で白兎しろうさぎ美夜部みやべを包んで眠っていた。

「なんだ、仲良しじゃないか」

 玄理くろまろが言うと、紅蘭こうらんの耳がピクリと動き、

玄理くろまろ!」

 と呼んで四つ足で立つと、激しく尻尾を振った。すると、白兎しろうさぎに尻尾が当たりころころと転がる。

『おい! 子狐! 尻尾が当たったぞ!』

 白兎しろうさぎ美夜部みやべが起きて息巻いた。

「お前が避けないからだろう?」

 紅蘭こうらんが言うと、

『謝れよ!』

 美夜部みやべが言って、

「何でだよ! わざとじゃないのに!」

 紅蘭こうらんが言い返す。

『わざとじゃなくても、謝れ!』

 と美夜部みやべ

「嫌だよ! お前、玄理くろまろがいなくて淋しがっていたから、俺が一緒に寝てやったんだぞ!」

 と紅蘭こうらんが言う。

『はっ! 淋しがっていたのはお前だろう? だから俺が一緒に寝てやったんじゃないか!』

 二人の会話を聞いていた玄理くろまろは笑みを浮かべて、

「そうか。俺がいなくて淋しかったんだな?」

 と言うと、

「こいつがな!」

 と美夜部みやべ紅蘭こうらんが互いを指して同時に言った。

「二人とも、おいで」

 玄理くろまろがそう言ってしゃがみ、両手を広げると、美夜部みやべ紅蘭こうらんは、我先にと玄理くろまろの懐に飛び込んでいった。玄理くろまろは白兎と子狐を抱きとめ、

「淋しがるなんて、お前たちは可愛いな」

 と彼らに頬を寄せる。懐に抱かれた白兎と子狐は互いを押し合いながらも、玄理くろまろの頬擦りに満足げな表情を見せる。

「まあ、この子達ったら甘えん坊ね。玄理くろまろ様は私の夫よ。私を差し置いて甘えるなんて!」

 と布美も負けじと玄理くろまろの後ろから彼の身体に抱きついた。すると、玄理くろまろは白兎と子狐を床に下ろして布美の手にそっと触れて、

「こいつらは俺の友で、お前は俺の妻だ」

 そして、布美を抱き寄せて口付けをした。

「朝から仲の良いことだな」

 出雲布奈いずものふなが後ろから現れ声をかけると、

「兄上!」

 布美は恥ずかしそうに頬を赤く染めた。

「朝食の準備が出来ている」

 そう言って、出雲布奈は彼らを食事に誘った。


 朝食を済ませると、

「布奈、世話になったな」

 と玄理くろまろは声をかけ、

「布美、迎えに来るまで待っていて」

 と布美に言葉をかけ、

布由ふゆ、俺が迎えに来るまで、布美を守ってくれよ」

 と布由の頭を撫でた。

「はい、玄理くろまろ様。あっ、兄上様」

 と布由が言って、

「無理に兄上と呼ばなくてもいいよ」

 と玄理くろまろは布由に微笑みを向けた。


 布美は別れが辛く、その目が潤む。そんな姿を見ると、玄理くろまろも別れ難く、

「布美」

 と名を呼び、その身体の温もりを確かめるように抱きしめた。

「必ず戻る」

 玄理くろまろは最後に口付けをして、布美からそっと離れる。そんな二人を見守っていた出雲布奈は、

玄理くろまろ、もう行きなさい」

 と声をかける。

「うん。行ってくる」

 そう言って、玄理くろまろたちは出雲の国を出た。

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