第17話

玄理くろまろ、今日はここへ泊まって行くだろう? 霊力を消耗しているようだから、ゆっくり休んで、明日の朝ここを発てばいい」

 と布奈ふなが言うと、

「うん、ありがとう。そうさせてもらうよ」

 と玄理くろまろが答えた。

「それと早速だが、お前がここを発つ前に、祝言を挙げておこう。今から準備をさせるから、夕方には始められるだろう」

 と布奈が言う。

「うん。その時間まで、少し街を歩いて来る」

 玄理くろまろはそう言って、出雲氏の屋敷を出た。


『お前、唐突過ぎではないか?』

 白兎の美夜部みやべ玄理くろまろの懐から顔を出して言う。

「何が?」

 玄理くろまろはとぼけたように聞くと、

布美ふみを娶る事だ』

 と美夜部みやべが言う。

「ああ、これも縁だ。布美ふみが自ら嫁に貰ってくれと言うのだから、それを断る理由はない」

 玄理くろまろが言うと、

『布美は冗談で言ったのだろう? あいつは男だ』

 美夜部みやべが言葉を返す。

「いや、あれは布美の本心だ。ただ、俺がそれを冗談として断るだろうと思っていたんだ。俺には布美の心が見えている。俺に惚れてくれた布美の気持ちに答えたかった」

 玄理くろまろの言葉に、

『そうか』

 と美夜部みやべはそれ以上何も言わなかった。玄理くろまろは人の心が色で見えている。布美の気持ちに嘘はないことも玄理くろまろには分かっていた。その上で布美を娶ると言ったのだから、美夜部みやべがこの事に何も言う事はなかった。

玄理くろまろ、首飾りはいつ用意したんだ?」

 紅蘭こうらんが聞くと、

「あれは、母が今わの際に授けてくれたものだ。それ以来ずっと持ち歩いている」

 と玄理くろまろが答えた。

「お前の母さん、死んだのか?」

 と言って、紅蘭こうらんは悲しそうに俯き、目を潤ませた。

紅蘭こうらん、俺の為に悲しんでくれているのか? ありがとう。でも、もう昔の話だ。人はいつまでも生きられない。だから、死ぬことは人として正しく生きたと言える」

 玄理くろまろはそう言いながら、美夜部みやべの事を想う。どうしても、彼の死を受け入れられなかった。あの戦いで彼が死ぬことは、正しい死に方とは思いたくはなかった。

「あの首飾りは、俺の妻になる者にあげようと決めていた。だから、布美にあげたのだ」

 そう玄理くろまろがそう言って、紅蘭こうらんに笑みを向けると、

「そうか! それは良かった」

 紅蘭こうらんは嬉しそうに言った。


 三人は街で売られている珍しい工芸品などを見て回った。

「ここは楽しいな! 面白いものがたくさんある!」

 紅蘭こうらんは何を見ても目を輝かせる。玄理くろまろは温かな眼差しを向けると、

「欲しいものはあるか?」

 と聞いた。

「この間のセミの玩具は壊れてしまったからな、壊れないものがいい」

 先日、都で買った竹細工のセミの玩具は、紅蘭こうらんが楽しくて激しく振り回した結果、糸がちぎれてセミが飛んで行ってしまったのだった。

「そうだな」

 玄理くろまろは工芸品の中から、朱色の小さな珠が幾つも付いている髪飾りを選んで、

「これを貰おう」

 そう言って代金を払い、

紅蘭こうらん、おいで」

 紅蘭こうらんの細い三つ編みの根元に付けた。

「どうだ? 似合っているか?」

 紅蘭こうらんが嬉しそうに言うと、

「うん、よく似合っている」

 と玄理くろまろは微笑みを向けた。

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