第16話

玄理くろまろ、よく来たね」

 そう言って、玄理くろまろたちを出迎えたのは、この出雲の国造くにのみやつこを務めている出雲布奈いずものふな。彼は背が高く、逞しい体つきをしていた。

「うん、久しいな。布奈ふな国造くにのみやつこを務めていると聞いていた。その若さで立派だな」

 と玄理くろまろが言うと、

「はははっ! お前こそ立派ではないか。あの大戦で生き抜いた。壮絶な戦いだったと聞く。大戦のあと、お前は消息を絶ち、何をしていたのだ? 狐を連れて、懐には美夜部みやべの気を感じるが?」

 布奈には紅蘭こうらんが狐である事も、美夜部みやべの霊魂を連れ歩いている事も気付かれていた。

「何があったのか、俺に話してくれ」

 布奈はそう言って、

「俺たちは大事な話があるから、お前たちは出ていなさい」

 と弟たちに言った。

「いや、構わないよ。彼らはお前の身内。信頼している。だから、ここに居ていいよ」

 と玄理くろまろ布美ふみ布由ふゆに向かって言った。

「そうか」

 布奈はそう言って袖を振ると、彼らのいる部屋は結界で包まれた。

「さあ、話してくれ」

 布奈にそう言われて、

「うん。まずはこの子を紹介するよ。名は紅蘭こうらんという。お前が言ったとおり狐だ」

 玄理くろまろ紅蘭こうらんの肩にそっと手を触れて笑みを浮かべ、

紅蘭こうらん、こいつは俺の友人で、名を出雲布奈いずものふなという」

 と紹介した。

「うむ」

 紅蘭こうらんは何を話したらいいか分からず、ただ頷いた。

「それから」

 と玄理くろまろは懐から白兎を出して、布奈の前に置いた。

美夜部みやべ、久しいな」

 布奈は驚くこともなく、ただ、古くからの友人を懐かしむように言った。

『ああ、久しぶりだな。俺の姿が滑稽で笑えるだろう?』

 と美夜部みやべが言うと、

「はははっ。その悪態ぶりは実に懐かしい。本当に会えて嬉しいよ」

 と布奈は嬉しそうに言った。それを聞いていた、布奈の弟の布美が不思議そうに兄を見て、

「兄上はこの白兎と話しているのですか?」

 と尋ねた。美夜部みやべの言葉は普通に人には聞こえない。

「ああ、そうだ。お前はこいつを知らないだろう」

 と布奈は言ってから、

「彼は白朱びゃくしゅの大戦で命を落とした。玄理くろまろと俺の友人で、名を武内美夜部たけうちのみやべという。今は霊魂となって、この白兎の身体に宿っている。そう言う事だろう? 玄理くろまろ

 と玄理くろまろに問いただした。

「お前には隠し事は出来ないな。さすが神の子孫」

 出雲氏は遡れば、天穂日命あめのほひという男神に繋がるという。

「褒めは要らない。お前と美夜部みやべに何があった? なぜ、美夜部みやべの霊魂を連れている?」

 布奈が冷静に質問して、玄理くろまろはこれまでのいきさつを話した。


「なるほどな。『鬼術十篇きじゅつじっぺん』か。聞いたことはないが、それがあれば、美夜部みやべは元に戻るということだな」

 布奈は静かにそう言ったが、鬼術を使う事には思うところもあった。けれど、玄理くろまろの気持ちも考えれば、それは言うべきではないと心に仕舞うのだった。

「それでは玄理くろまろ様は、まだ旅を続けるのですね?」

 布美が言うと、

「うん。まだ先は長い」

 と玄理くろまろは答えて、布美に視線を向けると、

「それにしても、布美は本当に綺麗なったな」

 と褒めて笑みを浮かべた。すると、布美は頬を赤く染めて嬉しそうに、

玄理くろまろ様、そんなに私を褒めるのなら、お嫁に貰って下さいよ」

 と言った。それに対して玄理くろまろは、

「うん、そうしよう」

 と答えた。それに布美は驚き、呆気にとられた様な表情で玄理くろまろを見た。

玄理くろまろ、冗談はよせ。布美が本気にする」

 と布奈が言うと、

「布美は本気で俺に惚れている。だから俺も冗談は言っていない。布美は俺が娶る」

 とはっきりと言った。

「知っていると思うが、布美は男、子は成せぬ」

 と布奈が言うと、

「構わない。兄であるお前の前で娶ると言ったのだから、俺はこの約束を違えたりはしない」

 と玄理くろまろは布奈に言って、

「布美、お前はいつでもこれを断っても構わないよ」

 と布美に優しく微笑んだ。

「そんな事はしないわ!」

 と布美は高らかに言った。

「うん。そう言ってくれて嬉しい」

 玄理くろまろはそう言って、布美に笑みを向けた。

玄理くろまろ様、私も旅の共に連れて行ってください」

 布美が言うと、

「布美、それは駄目だ」

 と兄の布奈が言った。

「うん、布美、お前は俺の妻になる身だから、危険な目に遭ってほしくはない。兄の元に居なさい。事が済んだら必ず迎えに来る」

 玄理くろまろは優しく諭すように言って、

「布美、おいで」

 と布美に手招きした。

「はい」

 布美が玄理くろまろの傍まで行くと、

「これをお前にあげよう」

 そう言って、布美に首飾りを付けた。

「まあ、綺麗」

 布美が嬉しそうに笑みを向けて、

玄理くろまろ様、ありがとうございます」

 と言うと、

「うん。気に入ってもらえたら俺も嬉しい」

 と玄理くろまろが微笑む。

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