第13話

 翌朝、朝食を済ませると、あるじに見送られながらその屋敷をあとにした。

「目指す場所が遠いから、少し先を急ごう」

 玄理くろまろはそう言って、周りに誰もいないのを確認して、縮地しゅくちの術を使った。次の瞬間、彼らは都の大正門の近くにいた。まだ、陽が明けたばかりだが、既に多くの人々がその門をくぐって行く。

「さあ、俺たちも行くぞ」

 玄理くろまろは少年の姿に変化へんげしている紅蘭こうらんと、懐に入れている白兎の美夜部みやべに言った。

「おう!」

 紅蘭こうらんは都へ来たのは初めてで、少し興奮気味だった。目に映るすべての物が珍しく、きょろきょろを辺りを見回した。

「ここへ来たのは、博識な友人に会うためだ。紅蘭こうらん、あまり目立つことはするなよ」

 と玄理くろまろは注意したが、その声は紅蘭こうらんには届かなかった。大正門の近くでは市が開かれており、そこへ引き寄せられるように向かっていく紅蘭こうらんを見失わないように、人ごみをかき分けて追いかけた。

紅蘭こうらん

 玄理くろまろは彼の名を呼んだが、どんどん先へと進んでいって、姿が見えなくなった。

「まったく、あいつは」

 玄理くろまろは小さくため息をついて、紅蘭こうらんのあとを追った。すると、店の前で何かをじっと見つめる紅蘭こうらんがいた。

紅蘭こうらん、これを買ってあげるから、もう俺から離れるなよ?」

 そう言って、

「一つくれ」

 店の者に声をかけて代金を支払い、物を受け取った。それは棒に付けた紐の先に、セミの形の玩具が繋がっていて、振り回すと音が出る仕組みになっていた。

「ほら、これはもう、お前の物だ」

 玄理くろまろからそれを貰って上機嫌になり、

「これは面白い!」

 と大喜びで、変化へんげの術が解けかけて、お尻から出た尻尾を激しく振った。

紅蘭こうらん変化へんげが解けるぞ」

 玄理くろまろが注意すると、

「あっ」

 紅蘭こうらんは気付いて、尻尾を引っ込めた。


 玄理くろまろたちは市を出て、大路をしばらく歩いて小路へ入ると、ある屋敷の前で足を止めた。

「ここだ」

 と紅蘭こうらんに言って、屋敷の門を叩いた。

「どちら様で?」

 と返事が返ってきて、

葛城玄理かつらぎのくろまろだ。赤麻呂あかまろはいるか?」

 と尋ねると、

葛城かつらぎ様、少々、お待ち下さい」

 と言って、暫く待つと、中で何やら声が聞こえてきた。

「門前で待たせるとは、失礼ではないか! 愚か者め!」

 と家人をしかりつけると、門を自ら開けて、

玄理くろまろ、よく来たね。さあ、入って」

 と男は玄理くろまろに声をかけて、紅蘭こうらんに視線を向けて、

「こちらの公子は?」

 と尋ねた。

「ああ、旅の共に連れている。名は紅蘭こうらんという」

 と玄理くろまろが答えた。

「そうか、あなたもどうぞ入って。歓迎するよ」

 そう言って、男は玄理くろまろたちを招き入れた。


玄理くろまろ、大戦のあと姿を消したと耳にした。心配していたんだぞ」

 と男は言って、

「まあ、座って」

 と玄理くろまろたちに座るよう促し、

「さて、何があったのか。私に話して聞かせてくれよ」

 と笑みを浮かべて言った。

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