第12話

 日が傾くまで歩き続けて、ようやく宿が取れそうな集落へと辿り着いた。

「ここで、宿を取りたいのだが」

 と集落の者に玄理くろまろが尋ねると、

「あいにく、ここには宿屋はない。あるじ様の御屋敷へご案内します」

 その屋敷へと案内された。

「主様、旅の御方が宿を取りたいと言うので、お連れしました」

 案内の男が言うと、従者が出て来て、

「こちらへどうぞ」

 と敷地内へ通してもらい、

「少しお待ちください」

 と言って、家屋へ入っていった。暫くして、先ほどの従者が来て、

「どうぞ、上がって下さい。主がお待ちです」

 とようやく家屋へと上がることが出来た。

「よく参られた。旅をしていると申したが、その風貌を見る限り、どこかの仙人ではないか? 名を聞こう」

 と主が言う。

「俺は葛城玄理かつらぎのくろまろと申します。おっしゃる通り、仙術を身に着けております」

 と玄理くろまろは答えて、隣に座る紅蘭こうらんを見て、

「この者は、俺の旅の仲間で、紅蘭こうらんと申します。今夜の宿をお借りしたく、お願いに参りました」

 と言葉を続けた。

「ほう、葛城氏か。高貴な御方が、この様な僻地を旅しているとは、何か事情がおありのようだな?」

 主の言葉に、玄理くろまろはどこまで話してよいものかと考えたが、一晩の宿を借りるのに、事情を話さないのは無礼だろうと、

「実は、先日の大戦後に、旅を始めたのです」

 とこれまでのいきさつを語った。


「ほう? それは興味深い。そのような書物があるとはな。しかし、私のような凡人には不要なもの。だが、その話し、あまり他言なさらぬよう、気を付けなさい。欲を出すものが現れるだろう」

 と主は玄理くろまろに注意を促した。

「はい。ご忠告、ありがとうございます。この話をあなたにしたのは、あなたが信用に値する人物であると思ったからです」

 と玄理くろまろは答えた。

「ほう? 初対面の私を信用できるとは。なんともお人好しだな」

 主が言うと、

「俺には人の霊魂が見えます。その色によって、感情を読み取ることが出来る。そして、悪意があるかも見抜けるのです」

 と玄理くろまろは答えた。

「ほう? それは凄い。面白い話が聞けて楽しかった」

 その時、料理が運ばれてきて、

「どうぞ、召し上がって下さい。白兎は何を食べるのかな?」

 と主は美夜部みやべを見て言った。

「青菜があればいいのですが?」

 と玄理くろまろが答えると、

「青菜を持ってこい」

 と従者に命令した。

「先ほどの話では、この白兎に友人の霊魂が宿っていると?」

 主は興味深げに、美夜部みやべを見ていると、

『何だ? この男は? あんまり、じろじろ見るなよ!』

 と美夜部みやべが言ったが、主には聞こえない。玄理くろまろは苦笑いしながら、

「この者は、見られるのが好きではないので、あまり見ないであげてください」

 と主に言う。

「そうか、済まなかった」

 と主は謝って、気になる白兎から、少し視線を逸らした。その視線の先には紅蘭こうらんがいて、箸を使わずに、両手で豪快に食べていた。

紅蘭こうらんは箸が使えないので、大目に見て下さい。たくさん歩いて、お腹が空いていたようです。食事を用意して頂いて感謝します」

 玄理くろまろは兄のような優しい眼差しで紅蘭こうらんを見た。

「ん? 玄理くろまろ? これが食べたいのか? ほら、お前にやるよ」

 紅蘭こうらんはそう言って、焼き魚を玄理くろまろへ差し出した。

「うん。ありがとう」

 玄理くろまろは笑顔で皿を差し出して受け取り、上品に箸を使って食べた。


「青菜をお持ち致しました」

 従者が青菜を持ってきて言った。

「ありがとう」

 と玄理くろまろは礼を言って、

「ほら、美夜部みやべ。青菜だぞ」

 と白兎の口元に青菜を差しだすと、小さな口でむしゃむしゃと食べ始めた。玄理くろまろは青菜を食べる白兎を優しい眼差しで見つめる。

「本当に、お前は可愛いなあ」

 玄理くろまろが言うと、白兎は食べるのをやめて、彼を見上げて、

『可愛いと言うな!』

 と怒ったように言う。

「照れているのか? まあ、ゆっくり食べろよ」

 と玄理くろまろは言って温かな眼差しで見守ると、美夜部みやべは、

『ふんっ!』

 と鼻を鳴らして、再び青菜を食べた。


 食事を終えると、従者たちが膳を片付けてその部屋を今日の宿として使わせてもらうことになった。

「ゆっくり休むといい」

 主はそう言って部屋を出て行った。

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