第10話

 皇位継承の争いが発端の大戦のあと、各所に関所が設けられるようになり、通行時に身元の確認が行われた。玄理くろまろたちが関所に着くと役人が、

「通行手形はあるか?」

 とぶっきらぼうに尋ねた。

「はい」

 と玄理くろまろたもとから通行手形を出した。役人がそれを確認すると、

「いいぞ。通れ」

 と一言言って、次の通行人の身元確認を始めた。関所を通ってしばらく歩くと、人々が往来する賑やかな街があった。関所が設けられる以前から、ここは旅人が多く立ち寄ったに違いない。

「腹が減ったな。何か食べよう。紅蘭こうらん、お前は何でも食べられるだろう?」

 玄理くろまろが聞くと、

「ああ、俺は何でも食うぞ」

 と自慢気に言った。玄理くろまろは微笑みを浮かべ、

「それは良かった」

 と言って道行く人に、

「食事をしたいのだが、どこへ行けばいい?」

 と尋ねた。

「ああ、それならほら。あそこで食べられるよ」

 と指を指して教えてくれた。

「ありがとう」

 玄理くろまろは礼を言ってその店へ入ると、既に人で一杯だった。

「ここで食事をしたいのだが」

 と店の者に言うと、

「ここは客で一杯だから、奥へどうぞ」

 と案内された。一度、店から出ると、離れの部屋があり、

「ここでお待ちください。すぐに食事を持って来ます」

 と言って店の者が戻って行くのを、玄理くろまろが呼び止めた。

「ちょっと、あんた! 悪いが、こいつが食べる青菜も持ってきてくれ」

 と白兎しろうさぎ美夜部みやべを見せて言った。

「あら、可愛いうさぎさん」

 と店の者は笑みを浮かべて、

「青菜も持って来ますね」

 と言った。


 その部屋には寝台もあり、宿となっているようだ。

「今日はここへと泊めてもらおう。お前たちも疲れただろう?」

 玄理くろまろ白兎しろうさぎ美夜部みやべと、今は人の姿をしている子狐の紅蘭こうらんに言った。

「ああ、そうだな。今日は気疲れした」

 と紅蘭こうらんが言って、

『俺も疲れた』

 と美夜部みやべも言う。それを見て玄理くろまろは微笑みを浮かべ、

「今日はゆっくり休もう」

 と二人に言った。


 店の者が食事を運んできて、

「お待たせしました」

 と卓上に料理を置いた。

「ありがとう。ところで、ここは宿もやっているのか?」

 と玄理くろまろが聞くと、

「はい。今夜お泊りになりますか?」

 と店の者が尋ねた。

「うん。泊まらせてもらおう」

 と玄理くろまろが言うと、

「畏まりました。では、どうぞごゆっくり」

 と言って、店の者は下がっていった。

「良かった。宿を探す手間が省けた。紅蘭こうらん、さあ、食べなさい。美夜部みやべ、青菜だぞ」

 玄理くろまろは自分の食事よりも美夜部みやべを優先した。卓上に乗せられた白兎しろうさぎの口元に青菜を近づけると、むしゃむしゃと食べ始めた。玄理くろまろは優しい眼差しを向けて笑みを浮かべた。

「お前、そんなに子兎が好きなんだな?」

 子狐の紅蘭こうらんが言うと、

「ああ、大好きだよ。ほら、見てごらん。こんなにも可愛らしい」

 と玄理くろまろ紅蘭こうらんに言う。

「はっ! 可愛らしい? 俺からしたら、美味しそうに見える」

 と紅蘭こうらんは鼻で笑った。それを見て、白兎しろうさぎ美夜部みやべは、食べるのを辞めて、

『ふんっ! 子狐め! 俺が元に戻ったら、お前を食ってやる!』

 と息巻いた。

「まあ、まあ。仲良くしなさい。美夜部みやべ、たぶん狐はお前の口には合わないよ。紅蘭こうらんも、美夜部みやべはお前の同士なのだから、冗談でも食べると言うのはやめなさい」

 と玄理くろまろが二人を宥め、諭した。

『ふんっ!』

 と二人が同時に鼻を鳴らして、そっぽを向くのを見て、

「お前ら、似た者同士だな」

 と玄理くろまろが笑った。食事を済ませると、

「二人とも、大人しく待っていろよ。食器を片付けて来るから」

 そう言って、玄理くろまろが部屋を出ると、二人の喧嘩が勃発した。


『まったく、減らず口な子狐め! 生意気にもほどがあるぞ!』

 美夜部みやべが卓上から言うと、

「なんだよ! 子兎のくせに、お前こそ生意気だ! 俺はお前より長く生きているんだ。年長者の俺の方が偉いんだぞ!」

 と子狐の姿に戻った紅蘭こうらんが椅子に乗って言葉を返す。

『はっ! 長く生きていても、お前は親離れ出来ていないじゃないか! 母さんに甘えて、頭を撫でてもらっていただろう!』

 美夜部みやべが言うと、

「はっ! お前だって、玄理くろまろに可愛いと言われて頭を撫でてもらっている。俺より甘えん坊じゃないか!」

 と紅蘭こうらんが言葉を返す。そんなやり取りが、外まで漏れ聞こえていて、

「お前ら、喧嘩をするなと言っただろう? 外まで聞こえていたぞ」

 玄理くろまろがそう言って、部屋へ戻って来た。

『だって、こいつが生意気だから』

 と美夜部みやべ

「こいつが先に言ってきたんだ」

 と紅蘭こうらんが言う。

「分かったから。ほら、二人とも落ち着いて」

 そう言って、玄理くろまろ美夜部みやべを抱いて頭を撫でて、

紅蘭こうらん

 椅子に座っている紅蘭こうらんの頭も撫でた。

「お前たちは俺の同士だ。俺にとって大切な存在だ。だから、喧嘩はしないで。分かった?」

 玄理くろまろが優しく言うと、二人は落ち着きを取り戻し、静かに頷いた。

「いい子たちだ。さあ、疲れただろう? もう、陽も暮れる」

 そう言って、玄理くろまろ美夜部みやべ紅蘭こうらんと共に、寝台で眠った。

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