第9話

「子狐の件は、これで終わりとして、俺たちがここへ来た用件は別にある」

 と玄理くろまろは前置きして、

「俺たちは、ある書物を探している。蘇生術が書かれた物だ。ここにあるかもしれないと思って尋ねた」

 と言葉を続けた。

「それはきっと、『鬼術十篇きじゅつじっぺん』の事だろう。確かに、その書には蘇生術が書かれている。だが、ここにはない」

 と霊宝れいほうが答えた。

「それなら、それはどこにあるんだ?」

 玄理くろまろが聞く。

「それは、私も知らない。ただ、誰が書いたかは知っている」

 霊宝れいほうが答えると、

「それは誰だ?」

 と玄理くろまろが尋ねる。

老君ろうくんと呼ばれている。しかし、その御方は昇天し、今は神となられた」

 霊宝れいほうの言葉に、

「それじゃあ、老君には会えないということか?」

 と玄理くろまろが聞く。

「そうだ。だが、お前が探している物は地上にある。老君の弟子が持っているかもしれない」

 霊宝れいほうのその言葉に玄理くろまろが期待して、

「その弟子はどこにいるのだ?」

 と尋ねると、

金立山こんりゅうざんにいる。ここより西の方角にあるが、とても遠い。弟子の名は徐福じょふくという」

 と霊宝れいほうが答えた。

「分かった。ありがとう」

 玄理くろまろは礼を言って、

「子狐、お前も一緒に」

 と子狐に声をかけて、霊宝れいほうの庵を出た。

「お前はここを去るか、今までのように麓に残るか。どうする? 俺たちは旅を続ける。ついて来るか?」

 玄理くろまろが尋ねると、彼の懐に収まっていた白兎しろうさぎが顔を出して、

『ふんっ』

 と鼻を鳴らした。子狐は白兎に敵意の籠った視線を向け、

「子兎が嫌がっている」

 とぽつりと言った。

美夜部みやべ、意地悪をするな」

 玄理くろまろは白兎の美夜部みやべの頭を撫でて、

「こいつの事は気にするな。お前がどうしたいかを言えばいい。もう一度聞く。俺たちと一緒に旅をするか?」

 玄理くろまろがもう一度尋ねた。

「そうだな。ここに居てもつまらないし、まだ、お前にお礼をしていないからな。ついて行ってやるよ」

 と意気がるように言った。それを見て、白兎がまた鼻を鳴らしたが、玄理くろまろは白兎に、

美夜部みやべ、焼きもちを焼くな」

 と笑顔を向けて、

「子狐、よく言った。俺の名は葛城玄理かつらぎのくろまろ。この白兎の名は武内美夜部たけうちのみやべという。今から、お前は我らの同士だ。名はあるのか?」

 と子狐に聞く。名を明かした玄理くろまろを訝るように見て、

「お前、それは本当の名か? 名を明かす意味を分かっているのだろうな?」

 と子狐は言う。妖邪に名を明かせば、呪われたり、命を取られる。逆に、妖邪が人に名を明かせば、人に支配されるのだ。

「もちろん。俺はお前を同士とするのだから、本当の名を明かすのは当然だ」

 警戒する子狐に対して、穏やかな微笑みを向けて玄理くろまろが言った。

「分かった。お前を信じる。俺の名は紅蘭こうらん

 子狐が答えると、

「紅蘭、いい名だ。さて、紅蘭。お前は変化へんげの術が得意だったな。人の姿にもなれるのか?」

 と玄理くろまろが言う。

「もちろんだ」

 と紅蘭は答えて、瞬時に人の姿へ変化へんげした。赤を基調とした服を身に纏い、長い黒髪に細い三つ編みを一つ垂らして、赤い紐で結んでいる。年の頃は十五、六といったところ。玄理くろまろたちと同じくらいに見える。眉目のはっきりとした顔立ちは、自信に満ち溢れ、口の端を上げて、

「どうだ? 俺の変化は自由自在だ。恐れ入っただろう?」

 と紅蘭は得意げな顔をした。

「うん。恐れ入った。それじゃあ、そのまま行こう」

 玄理くろまろはそう言って、その先の関所へと向かった。人が狐を連れ歩くと目立ち、関所の役人に余計なことを勘ぐられたくはない、というのが玄理の思いだったが、紅蘭は知る由もなかった。

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