第7話

「そうだな? お前の宝も見てみたいしな。仙人に、お前の母親を捕らえた理由を聞いてやる。そのあと、助け出すかは俺が決める」

 と玄理くろまろが言った。

「母さんを助け出さなかったら、俺の宝物はやらないからな! 宝が欲しかったら、母さんを連れて来いよ」

 子狐は宝欲しさに、母を連れて来てくれると期待して言ったが、当の玄理くろまろはさほど欲しいとは思ってはいない。そんな玄理くろまろをお見通しの美夜部みやべは、

『ふんっ』

 と鼻で笑った。それを見て、

「なんだ? この小生意気な白兎しろうさぎは? 今、俺を笑ったのか? 気に食わないなあ。食ってやろうか?」

 と子狐は不愉快とばかりに、白兎しろうさぎに向かって牙を見せた。

「まあ、まあ。落ち着け。こいつの口が悪いのは謝るよ。だから、こいつを食うとは言わないで。俺たちは仙人に会いに来たんだ。お前の母さんの様子を見て来るから待ってろ。どうせお前はこの先には進めないんだろう?」

 と玄理くろまろは子狐をなだめ、諭した。子狐がこの先へ進めないのは、山頂は仙人の霊気が立ち込めているからだった。邪気を持つ子狐はその神聖な領域には入れない。


 玄理くろまろが頂上へ着くと、そこには簡素な庵があり、その中から清らかな気と、妖邪の気を感じた。

「ここに、子狐の母親がいるようだ」

 玄理くろまろ白兎しろうさぎ美夜部みやべに言うと、

『ああ、そのようだな』

 美夜部みやべは頷いた。

「ところで、仙人の名は何と言うんだ?」

霊宝れいほうという。それ以外は知らない。本人に会って直接聞け』

 と美夜部みやべは答えた。

「そうか。分かった」


 玄理くろまろたちが来ている事は、既に知られていたようで、

「お客人、遠慮なさらず、どうぞこちらへ」

 と庵から姿を現した霊宝れいほうが言った。

「では、失礼する」

 玄理くろまろ霊宝れいほうの招きに応じ、庵へと入り、板の間に上がった。そこには、儚げで可憐な美しい女が座っていた。

「突然、尋ねて不躾なのですが、そこの狐について、伺ってもいいだろうか?」

 と玄理くろまろが聞くと、

「これは、私が捕らえた。多くの人の魂を食べたのだ」

 と霊宝れいほうが答えた。

「そうか。それなら、捕まえることは正しい。だが、その狐には子がいる。子から母親を取り上げるのは酷なことではないか?」

 玄理くろまろが言うと、

「そうだな。しかし、子狐を置いてゆくと言ったのはこの者だ」

 と霊宝れいほうが狐に視線を向けた。

「では、聞こう。狐よ、なぜ我が子を置いていったのだ?」

 玄理くろまろが聞くと、狐は語り出した。


 それは百年ほど前の事。妖狐ようこは人里に近い山に住んでいたとき、里の者が山へ入ると、捕まえてはその魂を食らっていた。魂を食らえば食らうほど、妖力は強くなっていくのが嬉しくて、次から次へと魂を食らっていると、里の者が耐えかねて、霊宝れいほう妖狐ようこを退治するよう願い出た。そのとき、妖狐ようこには幼い子がいたが、共に退治されては可哀想だからと、子狐を置いて行くことにしたのだった。しかし、子狐は母が連れ去られた事を嘆き悲しみ、長い年月をかけて母の居場所を突き止め、今、この不死の山の麓に住み着いているという。


 そこまでの話を聞いて、玄理くろまろが尋ねた。

「なぜ、この山の麓に子狐が来たのに、会ってやらなかったのだ?」

 その問いに狐は困ったような表情をして、

「それは、私がこの御方をお慕いしていることを、我が子に伝えるのが怖いのです」

 と声を震わせた。

「そうか。お前は、この御人ごじんを好いているのだな。それを素直に伝えれば、子狐がどう思うか。それが怖いのだな?」

 玄理くろまろが言うと、

「はい」

 と狐が小さく頷いた。

「それで、霊宝れいほう、この狐を傍に置いているという事は、あんたも狐を好いているのだろう?」

 玄理くろまろが聞くと、

「そうだ」

 と霊宝れいほうは答えた。その答えに、狐は顔を上げて霊宝れいほうを見た。そして、霊宝れいほうは狐に穏やかに微笑むと、

「もう、いいだろう。子狐に会って話そう。今は分かってもらえなくても仕方ない」

 と狐に言う。

「そうだな。いつまでも、このままではいられない。霊宝れいほう、あんたの霊気を抑えてくれ。俺が子狐を連れて来る」

 そう言うと、玄理くろまろたもとから紙を取り出して息を吹きかけた。すると、それは玄理くろまろの姿になり、

『それじゃあ、子狐を連れて来る』

 と言って、山を駆け下りていった。

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