第6話

 彼らが最初に向かった場所は、霊峰『不死ふじの山』である。旅に出てから一月ひとつきかけてその麓までやって来て、花街で宿を取ったのだった。遠くから見れば、それは青く美しく聳え立つ山。人々はそれを『神のように美しい』と讃えた。しかし、その山は近づくだけで、それが霊峰と呼ばれる意味をひしひしと感じる。何とも不気味な気が立ち込めていた。

「この山が特別なのがよく分かる」

 玄理くろまろがぽつりと言った。一歩踏み入るだけで、その洗礼が彼らを襲った。しかし、優れた術者である彼らには、その洗礼さえも、そよ風程度にすぎなかった。

「これは、ここに住む仙人の仕業なのか? それにしては禍々しい」

 玄理くろまろが言うと、

『これは妖邪の気だろう』

 と美夜部みやべが答えた。

「ここに住む仙人は妖邪なのか?」

 玄理ころまろ美夜部みやべに聞く。

『それはない。この山の仙人は名の知れた高位の修行者だ。邪に落ちることなどない』

 と美夜部みやべが断言した。

「そうか? それじゃあ、ここには何がいるんだ?」

 玄理くろまろが聞いた時、

「はっはっはっ! 我を知らぬとは愚かな奴らめ! 我を恐れるなら、荷を捨てて立ち去るがいい!」

 と少年のような若い声が言った。姿は見えぬが、この邪気を放っている者だと、玄理くろまろたちには分かった。

「元気がいいのはいいが、俺たちは、お前を恐れはしない。だから、このままこの山を登る」

 そう言って、玄理くろまろが歩みを進めると、

「おい! こら! 待て!」

 声の主が慌てたように追いかけてきて、ついうっかりと、その姿を見せてしまった。

「なんだ? 子狐じゃないか。こんなところに住み着いて、人を脅しているとは、感心しないぞ」

 と玄理くろまろが言うと、

「なんだと! ガキのくせに生意気だぞ! 荷を置いてさっさと立ち去れ!」

 と子狐が息巻いた。

「お前、俺たちと遊びたいのだろうが、俺たちには用事があるんだ。他の奴と遊べ」

 玄理くろまろが軽くあしらって、先に進もうとすると、子狐は姿を変えて、玄理くろまろの前に立ちはだかった。

「お前、そんなに遊んで欲しいのか? 俺も暇じゃないんだが?」

 子狐は大きくて恐ろしい形相の鬼に変化へんげしていたにもかかわらず、まるで、何事もなかったように、玄理くろまろは子狐を手で払った。すると、強い風が巻き起こり、子狐はあっさりと吹き飛ばされてしまった。

「ああ、悪い。怪我をさせるつもりはなかった。大丈夫か?」

 と玄理くろまろは子狐を気遣った。

「お前! 何者だ? 妖しい術を使うとは、怪しい奴め!」

 子狐が言うと、

「怪しいのはお前の方だろう? ここで一体何をしているんだ? 霊峰不死の山だぞ? 頂上には仙人がいる。お前はそこへ近付けはしないだろう? それに、ここで悪さをすれば、仙人に捕まって消されるぞ」

 と玄理くろまろは子狐に忠告した。

「願ってもないことだ! 俺がここで悪さをして、あいつが俺を捕まえるのを待っているんだ」

 と子狐が言う。

「お前、仙人に捕まりたいとは、どういうことなんだ?」

 玄理くろまろが聞くと、

「よくぞ聞いてくれた。ここに住む、あの憎い奴は、俺の母さんを捕まえたんだ。だから、俺もあいつに捕まれば、母さんに会える。逃げ出すことは出来なくとも、俺は母さんとなら、死んでもいいんだ。せめて、もう一度、母さんに会いたいんだ。あの、にっくき、色ボケ爺め! 俺の母さんが綺麗だから、捕まえて放さないんだ!」

 と己の事情を玄理くろまろに話した。

「そうか。お前の母さんが、仙人に捕まったんだな。それは気の毒だ」

 玄理くろまろの言葉に、

「ふんっ! 同情など要らぬ!」

 と子狐は言ってから、少し考えて、

「お前、凄く強いな。俺の母さんを助け出してくれたら、俺の宝をやろう。どうだ?」

 と玄理くろまろの力を見込んで、交渉を持ちかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る