第5話

 その日の宿に着くと、玄理くろまろ白兎しろうさぎを卓上に乗せて、美夜部みやべの霊魂が宿る翡翠の珠を取り出した。

美夜部みやべ、俺の声が聞こえているか?」

 玄理くろまろは翡翠の珠に向かって声をかけたが、まったく反応は無かった。これまでも、幾度となくそうしてきたが、未だに、美夜部みやべの反応は返って来ず、このままでは、蘇生は叶わないものとなってしまう。そこで、霊魂をせいあるものへ移すことを考えたのだ。

美夜部みやべ、今から、お前の霊魂をこいつに移す。今は他に器がない。文句なら後で幾らでも聞いてやる。だから、お前も意識を集中してくれ」

 玄理くろまろはそう言うと、美夜部みやべの霊魂を翡翠の珠から取り出し、白兎しろうさぎへと移した。玄理くろまろ白兎しろうさぎを霊気で包み、美夜部みやべの霊魂が白兎しろうさぎの身体に定着するのを待った。一炷香いっちゅうこうほど経つと、美夜部みやべの霊魂が安定したのを確認した。

美夜部みやべ

 玄理くろまろが声をかけると、白兎は、

『まったく、お前という奴は。とんでもないことをしてくれたな』

 と悪態をついた。いつもの美夜部みやべがそこにいる嬉しさに、玄理くろまろは思わず抱き上げて頬擦りした。

『おい! 何の真似だ! よせ!』

 白兎の姿をした美夜部みやべが、その小さくモフモフとした可愛らしい身体で身動みじろぐ。

「なんだよ? 久しぶりに会えたんだ。これぐらいいいだろう? お前だって嬉しいくせに」

 玄理くろまろはそう言って、愛おしそうに頬擦りし続けた。

『もう、それくらいでいいだろう? 俺も再会を嬉しく思っている。だが、これからの事を話し合うべきだろう? お前が何をして、これから何をするのか』

 美夜部みやべが冷静に諭した。

「ああ、そうだったな。俺がしたことをお前がどう思っているか、まずはそれも聞いておくべきだな」

 玄理くろまろはそう言って、白兎の美夜部みやべを卓上に置いて姿勢を正した。

『俺は怒っている』

「そうだろうな。お前の霊魂が天へ昇るのを引き留めたからな」

 玄理くろまろの顔がかげる。しかし、美夜部みやべはこう言った。

『そんな事じゃない。お前が葛城の家を破門にされたことを怒っている。もっと、上手く立ち回れなかったのか? 何も、お前が悪者になる必要はない』

 それを聞いた玄理くろまろは、

「はあ? お前、何を言っているんだ? 俺が悪者だって? そんなの表向きだろう。みんな知っている。俺がどんな奴で、身内をどれだけ大切に想っているかを。俺がこうしてお前を連れて旅をすることを、誰も悪いことだと思ってはいない。禁術も禁書も、誰かが使っちゃいけないんだったら、残しておく必要なんてないんだ。それがあるという事は、誰かがそれを使う事を望んだからだろう。悪意を持って使えばそれは悪となり、善意を持って使えばそれは善となる。俺が大切なお前の為に使うのなら、それは善だ。お前は何も気にすることはない。俺がお前を必要としている。お前をこの世に繋ぎ止めたかった。俺のわがままで、今、お前はこうして白兎になっている」

 そこまで言うと、玄理くろまろは急に笑いが込み上げてきた。

『なぜ、そこで笑う?』

 美夜部みやべにはそれが分からず困惑して尋ねると、

「いや、いや」

 くっ、くっ、と笑いを堪えながら、

「お前がこんなに可愛らしい白兎になった事が」

 また、言葉が途切れて、もう可笑しくて堪らないと、玄理くろまろは大笑いした。

『お前、俺が元に戻ったら覚えてろよ。笑ったことを後悔させてやる!』

 と美夜部みやべは息巻いたが、見た目が可愛すぎて、ただただ愛おしいとばかりに、玄理くろまろは微笑んだ。

「分かった、分かった。今日はもう遅いから寝ようね? 白兎しろうさぎちゃん」

 玄理くろまろが言うと、

『黙れ!』

 美夜部みやべが言う。しかし、二人は仲良く身体を寄せ合い寝所で眠るのだった。

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