初恋

Side:ミレイ


 私は拾われ子だ。

 物心が付いた時、村長さんにそう教えられた。

 村の人達はそのことを私に教えることに反対してたみたいだけど、村長さんはそんな反対を押し切って、私にこのことをちゃんと伝えた方がいいと思ってくれたみたい。

 

 正直、その時はよく分からなかったけど、今では教えてくれてよかったと思ってる。

 だって、言い方は悪くなっちゃうけど、私は両親に縛られることなく、いつでもこの村を出て、自由に生きることを夢に見ることができるんだから。

 ……そう、夢に見るだけなんだけどね。……やっぱり、いざ村を出るとなると、勇気がいるし、少なくとも、今の私にはそんな勇気はまだ無い。




「ミレイ、少し良いかの」


 そんなこんなで、いつも通り畑仕事でも手伝おうかと思っていたところで、村長さんに声をかけられた。

 

「はい、何か用ですか? 村長さん」


「悪いんじゃが、すぐそこの森で薬草を取って来てはくれぬかの」


「私が、ですか?」


 村の近くで何か魔物が出たって話なんて滅多に聞かないし、出たとしてもスライムだったりと弱い魔物ばかりだし、それ自体は構わないんだけど、なんで私なのかと思って、私はそう聞き返した。

 いつもは万が一ってことがあるから、って理由で女性には行かせずに、若い男性達に行ってもらってるんだから、私が思わず聞き返してしまうのも無理は無いと思う。


「……うむ。悪いとは思うのじゃが、事情があっての」


 その事情が何なのかを聞いてるんだけど、言ってくれないってことは、言えないこと、なのかな。


「もちろん一人で行けとは言わぬ。ケインとベルタを呼んである。その二人と行ってきてはくれぬか?」


「……分かりました」


 男の人が二人もいるのなら、大丈夫だと思うし、私は頷いた。

 



「ケインさん、ベルタさん、今日はよろしくお願いしますね」


 そして、森の前で三人集まったところで、私は二人にそう言って頭を下げた。

 小さな村だから、知り合いではあるんだけど、こういう礼儀はちゃんとしておかなきゃと思うしね。


「僕たちの方こそお願いしますね。僕たちは薬草と雑草の区別がつきませんからね」


 ケインさんがそう言っくる。

 ……だから、村長さんは私に行かせるのかな。……んー、でも、それだったら、私じゃないとダメな理由なんてないよね。

 私以外に薬草の区別がつく人なんていっぱいいるし。


「はい、任せてください」


「……えっと、それじゃあ、行きましょうか」


 ベルタさんとは喋ることなく、森の中に行くことになった。

 普通に村で過ごしている時も、ベルタさんと話したことも無かったけど、大丈夫だよね。無口な人ってことなんでしょ。




「……?」


「どうかしましたか? ミレイさん」


 しばらく森を進んだところで、何か違和感を感じた私は、思わず何も言わずに立ち止まってしまった。

 それを不思議に思ったケインさんがそう聞いてきた。

 ベルタさんも何も言うことはないけど、不思議には思ってるみたいで、黙って私に視線を向けてくる。


「あ、いえ、なんでもないです。いきなり止まっちゃってごめんなさい」


「なんでもないのなら、大丈夫ですよ」


 そしてまた、私たちは森を歩き出した。

 ……違和感。……別に、何かこの森に違和感を感じた訳では無い。

 今日初めて森に入ったんだから、当たり前だ。

 私の感じた違和感は森の事じゃなくて……えっと、上手くは言い表せないけど、誰かに、この先に行くのを止められてる? みたいな感じ。

 ……私たち以外に誰もいないし、声だって聞こえないし、私の気の所為なんだろうけどさ。


「えっ?」

「は?」


 そんなことを思って、もうすぐ薬草があると教えられた場所に近づいてきた、といったところで、草むらから化け物が突然現れて、ベルタさんがびっくりするくらい簡単に噛みちぎられた。

 私にはそんな様子がどこか夢のように感じた。


「ガァァァァァァァ」


 ただ、そんな私の気持ちも化け物の咆哮によっていっきに覚醒させられた。

 それと同時に、これは夢なんかじゃないんだと嫌でも理解させられて、目の前の現実離れした光景に足が震え、その場に尻もちをついてしまった。……考えるまでもない。腰が抜けたんだ。


 村の人にどうにか出来る存在じゃない。

 そんなことは分かってるのに、私は無意識でケインさんのいた方向に顔を向けて、助けを求めようとした。

 ただ、私がケインさんがいた方向に顔を向けた時には、ケインさんは既に私を置いて走り始めていて、ケインさんの背中しか見えなかった。


「ぇ」


 待って欲しい。助けて欲しい。

 自分勝手なのは分かってる。でも、私を見捨てないで欲しい。

 なのに、声が出ない。

 目の前の化け物の存在が怖いからだ。

 声を出さずに、余計な刺激さえ加えなければ見逃してくれるかもしれない、とありえない考えが思考の片隅にあるからだ。

 

 現実はそんなに甘くは無い。

 目の前の化け物は私を無視する……なんてことはなく、ゆっくりと、まるで私の反応を楽しんでいるかのように近づいてくる。

 嫌だ。こんなところで死にたくない。


「…………誰か、助けて」


 絞り出すような声で私はそう言って、目を閉じた。助けなんて来るはずがないと分かってるはずなのに。

 

「え」


 そうして、死を確信した私の耳に、そんななんとも言えない、緊張感のない声が聞こえてきた。

 思わず閉じていた目を開き、私は恐る恐る目の前を見る。

 すると、そこには化け物に噛みつかれてる男? の人がそこにいた。

 

 どこから現れたのかは分からない。

 でも、また誰かが犠牲になったんだと思った。


「…………ん?」


 ただ、それは違った。

 何故か、化け物が口の中から男の人を出したからだ。

 私は目を見開いて、目の前の男の人を見つめた。

 もしもこんな顔を見られていたのなら、ちょっと恥ずかしかったけど、幸い……なのかは分からないけど、その男の人が振り向くことは無かった。

 ……そして、これが私の初恋の瞬間だった。

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