三年後の無力

 邪神に転生……? してから、ヒロインが映る水晶玉の前に座って三年の月日が経った。

 今、俺の気が狂っていないのは奇跡なのかもしれない。

 そして、水晶玉に映るヒロイン……ミレイは少女から女性へと成長していた。

 女性といっても、まだ17歳らしいけど。

 つい数日前に17歳の誕生日を迎えていた。

 盛大に祝いをされていたのか? と言われると、そんなことは無い。

 別にこれはミレイが嫌われているってわけではなく、単純に村娘なんだから、それくらいが普通なんだ。


「……はぁ。俺もこんな空間さっさと抜け出して、地上に行きたいなぁ」


 水晶玉を見ながら、もう何回目になるか分からない同じようなことを呟く。

 本当はもう諦めてる。……でも、少しでも希望があるんだと自分を錯覚させないと、おかしくなってしまいそうだからな。

 ……まぁ、もうおかしいのかもしれないけど。


「ん? どこかに出かけるのか?」


 こうやって独り言を呟くのも俺がおかしくならないためのものだ。

 

「薬草を取りに森に行くのか。……ん? なんか、聞いたことがあるような……」


 いや、別に大丈夫か。

 いつもミレイを世話していた大人の男二人が護衛としてついて行っているしな。この森に出る魔物はゴブリンくらいだし、成人男性が二人も居れば平気だろう。


 そう思いつつも、俺の中の嫌な予感は払拭されない。


「……大丈夫、だよな?」


 もしもミレイに何かがあったとしても、俺は助けられない。

 だって、3年間も俺はここに閉じ込められていて、出ることなんて出来ないんだから。

 ミレイに何かピンチがあったとしても、俺はここで見ることしか出来ないんだ。

 体は邪神のくせに、心臓がバクバクと波打つのが分かる。

 

 そして、水晶玉に映るミレイ達は俺のそんな心配なんて露知らず、目当ての薬草を見つけるために森の中を進んでいく。

 

「もうやめろ。引き返せ」


 これから何があるのかを明確に思い出せたわけじゃない。

 それでも、何かが起きるという事実だけは思い出すことが出来た俺は、ミレイには伝わらないと分かりながらも、そう言った。


「……あれは、キメラか? なんで、こんなところに……いや、そんなことより、逃げろ! ミレイ」


 伝わらない。それどころか、ミレイはまだキメラの存在にすら気がついていないだろう。

 これは俺だから、水晶玉が上からの映像を映し出してくれているからこそ、気がつけたことなんだから。


 そして俺の予想通り、ミレイ達はキメラの存在に気がついておらず、護衛として着いてきていた男の一人の体がキメラの奇襲により噛みちぎられた。


 それに気がついたミレイは唖然として、尻もちをついた。

 多分、腰が抜けたんだろう。

 そしてもう一人の護衛として着いてきていた男はあろうことかミレイを置いてそのまま逃げやがった。


「おい! まて! ふざけんな! ちょっと待て! なんでミレイを置いていくんだ! お前なら、お前の体格なら、ミレイを抱えて走るくらいできるだろう!」


 ちょっと待てよ、冗談がキツすぎるぞ? 俺はヒロイン達が邪神に呪われることがないのなら、不幸になることがないのなら、って理由でここに閉じ込められているこの状況も受け入れてたんだぞ!? その結果がこれなんて、ふざけんなよ! あんまりだろ! 


 そうして、自分の無力差を感じていると、目の前にこの黒い空間でも分かるくらいの黒いゲート? のようなものが現れた。

 俺は目を見開きながらも、咄嗟に水晶玉の方に視線を移した。

 すると、そこには俺の目の前にある黒いゲートと全く同じゲートが何かを祈るようにしているミレイの前に現れていた。

 

「これ、マジか? 繋がってんのか? あっちに」


 そんな考えに至った俺は、持っていた水晶玉をそのまま持って、直ぐに目の前のゲートの中に入った。

 

「え」


 中に入った瞬間、そこには、さっきまで水晶玉で見ていた景色そのもの……ではなく、キメラの大きな口の中が俺の視界には広がっていた。

 もう何度目か分からないけど、冗談キツいぞ。俺、助けに来たはずなのに、こんな瞬殺されるの? あ、なんか、もう絶対助からないって思ったら、めちゃくちゃ思考が冷静になってきてるわ。

 ……邪神なんだから、どうにかならないのか? この状況からでも入れる保険を教えてくれよ、邪神様。……って、俺に願ってどうする。せめて普通の神様に願わないと。


 恐怖心を少しでも紛らわすためにそんなふざけたことを思っているうちに、キメラは俺の体をかみちぎろうと口を閉じた。

 

「…………ん?」


 視界が暗くなっていく……そう、思っていたのに、何故か俺の視界は暗くなるどころか、明るくなってきていた。

 ……キメラが口の中から俺を出したからだ。

 そうすると、どうなるのか。

 俺は水晶玉を持っている方の手に視線を向ける。

 そこには、上半身がキメラの涎だらけの男と、俺がいつもストー……じゃなくて、見守っていたミレイが俺を唖然とした様子で見上げていた。

 ……いや、ダサくない? 

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