ストーカー……ではなく、見守っていたからこそ

「……」


「どうか、したんですか?」


 どうしたらいいかを考えていたからか、視線がミレイに固定されていたようで、ミレイは不思議そうに首を傾げながらそう聞いてきた。


「あ、いや、多分なんですけど、腰、抜けてますよね?」


 少し失礼かとも思ったけど、俺はそう聞いた。


「……は、はい。その、立てない、です」


 すると、ミレイは恥ずかしそうな様子を見せつつも、素直に頷いてくれた。


「ごめんなさい」


「仕方ないですよ。あんなキメラがいきなり目の前に出てきたんですから、普通はそうなります」


 俺だって、ミレイを……ヒロインを助けるっていう意思が無かったら、そうなってたかもしれないしな。

 体は邪神だけど、中身は一般人だし。


「俺がおぶっていけたらいいんですけど、その、さっきのキメラのせいで体がこんな感じ、ですからね」


 そう言いつつ、どうしようかと考えていると、ミレイが口を開いた。


「あ、あなたが嫌じゃないのなら、だ、大丈夫です! その、このままじゃ、また魔物が出てくるかもしれませんし」


 まぁ、そうか。

 ミレイが貴族とかだったならともかく、ただの村娘なんだからな。

 体が汚れることより、さっき危険な魔物が出たばかりのところで腰が抜けた状態で居る方が嫌だよな。


「でしたら、その、汚い背中ですが、どうぞ」


 そう思って、水晶玉をポケットの中に入れてから、ミレイの前に背中を向けてしゃがみこみ、そう言った。

 

「いえ、そんなことありません。……失礼します」


 すると、ミレイはそう言いながら、俺の首に手を回してきて、そのまま俺の背中に体を預けてきた。

 ミレイの体の感触……なんか感じる余裕が無いくらい、正直、ベトベトとしていて気持ち悪い。

 ただ、それと同時に、人肌に触れることによって、俺はあの空間から出られたんだと実感が出来た。


「出られたんだなぁ」


 涙が出そうだけど、俺は何とか涙が出ないように堪える。

 一人だったら絶対泣いてたけど、今は後ろにミレイがいるからな。


「道、こっちで合ってますか?」


「……はい、大丈夫です」


 あぶね。

 道、聞いてないのに、普通にミレイが来た村の方に歩いてたわ。

 幸い、ミレイには不審に思われてなかったみたいだし、良かった。




 そんなこんなで、ミレイに言われた方向に進んでいると、村が見えてきた。

 まだ遠目からしか見えないけど、村の住人が集まっているように見える。

 

「この村ですか?」


「はい、そうです。助けてもらったことだけではなく、わざわざ送ってきてもらい、ありがとうございます」


「先程も言いましたが、気にしないでください」


 随分とキメラの涎が乾いてきたのはいいんだけど、乾いてきたらかわいてきたで気持ち悪いんだよな。

 



 そう思いながらも、俺は村の方向に向かって歩き続けた。

 そして、もう村の目の前まで来たんだけど、誰も俺たちに気がつく様子は無い。

 誰か一人くらい気がついてもいいと思うんだけど、何をそんなに騒いでるんだ? 

 

「それで、ミレイが俺を助けてくれたんだよ。だから、そんなミレイの命を無駄にしないためにも、早く冒険者なり騎士なりに依頼を出そうぜ!」


「あ?」


 騒いでいるヤツらの中心にいたのは、忘れもしない、ミレイを置いて逃げた男だった。

 そして、そんな男から話が聞こえてくる。

 首に回してあるミレイの俺に掴まる力が強くなる。俺が邪神じゃなかったら、ちょっと苦しかったかもしれない。

 あの男、マジでぶん殴ってやろうかな? 邪神の体だから、一発で死ぬだろうけど、ぶん殴ってやろうかな? 人を殺したことなんてないけど、今ならできる気がする。……俺、邪神だし。……体だけ。

 

 内心でそんな物騒なことを考えつつも、頭の片隅に残っていた理性で深呼吸をして、落ち着いた。

 ミレイが居なかったら、そのまま殺ってたかもしれない。

 ただでさえ怖い思いをしたミレイの目の前で、自分を見捨てて逃げた相手とはいえ、殺すのはミレイの精神的に不味いと思ったからこそ、止まれたんだ。……まぁ、中身はどこにでもいる一般人だし、結局直前で人を殺すことにビビってやめてた可能性の方が高いけど。


「大丈夫ですか?」


 ついさっきまで俺も大丈夫じゃなかったんだけど、後ろで多分ショックを受けているミレイに冷静を装ってそう聞いた。

 

「……はい。大丈夫、です。……あの、このまま、村から離れてくれませんか? ……もう、私は死んだことになっているみたいなので」


「は? ……いや、今出ていけば、あの男が大嘘つきだってことを証明できるんですよ? それで、いつも通り普通に過ごしていけば良いのでは?」


「……大丈夫です。それよりも、あなたが嫌では無いのなら、お願いします」


「……分かりました」


 全く分かってないけど、ヒロインだから……ではなく、三年間見守っていた……そう、決してストーカーではなく、見守っていたからこそ、ミレイを優先して、俺はそんなミレイに向かって頷いた。

 そしてそのまま、来た道をゆっくりとバレないように引き返した。

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