魔導機関ヴェルトリリオン

テトラポット

第1話「運命」

 サイレンが薄暗い部屋に鳴り響く。


「なんだよぉ。こんな朝早くから」


 カーテンを開く。薄暗い部屋に光が差し、部屋が明るさを取り戻す。


 外には目を疑いたくなるような光景が広がっていた。


 見渡す限り瓦礫の山。赤く染まった地面。そこに佇む巨大な機械人形。通称『ヴェルトリリオン』


 嘘だ。ここは安全区域なのに、何故奴らがここに。


 ヴェルトリリオンはゆっくりとこっちを睨む。まずい。見つかった。


 ボロボロになっている上着を羽織り、階段を駆け降りる。裏口からこっそりと顔を出し、奴らがいないから確認する。


「よし、いないみたいだ。裏口から逃げよう」


 一階のソファですーすーと寝ている弟の肩を揺すり声をかける。


「起きろ!! アルト!! 奴らが来た」


 アルトは気だるそうに返事をする。


「なぁにお兄ちゃん。ここは安全区域でしょ。奴らは来ないよぉ」


「いいから逃げるぞ!!」


「わかったよぉ」


 アルトは目をこすりながらボクの手を握る。


 ドアを開き、外へ出る。鼻にツンとくる火薬の匂いがする。聴いたことのない轟音が轟いている。まさに外は地獄そのものだった。


 辺りを見渡すと瓦礫から滲み出る赤い液体、切断された手足や人だったものが転がっている。


 アルトはその光景を受け止めきれずに嗚咽を漏らす。


「なんでこんなことに。ボクたち死ぬの? お兄ちゃん」


 アルトは顔を涙でぐちゃぐちゃにして問う。


「大丈夫。お兄ちゃんと一緒なら大丈夫だから」


 アルト、ボクのたった一人の家族。大好きな弟。この世の何よりも愛おしい。ボクは母さんと父さんの顔は知らない。だけどアルトがいればいい。


 アルトの震える手をぎゅっと握りしめる。


 大丈夫、大丈夫、でも怖い。ここでボクが泣いたらアルトはもっと怖がってしまう。お兄ちゃんは強くあらなきゃいけない。


 ものすごい風があたりに吹き起こる。空を見上げるとそこにはヴェルトリリオンが着陸体制をとっていた。


 ヴェルトリリオンはこちらに視線を向け、右腕に装備されている機関銃を構える。


「お兄ちゃん!! 危ない!!」


 アルトに背中を押される。


 機関銃が唸り、弾丸が放たれる。その弾丸はアルトを跡形もなく消し去る。


「アル……ト?」


 抉り取られた右腕が足元に転がる。


 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。信じたくない。ボクを庇って。そんな。そんな。


「うわぁぁぁ!!!!」


 走ることしか出来なかった。アルトから貰ったこの命を無駄にしないために。


 ボクは市街地を抜け、森林地帯へ逃げ込んだ。ここなら奴らも追ってこないだろう。


 どうしようもない絶望と罪悪感に襲われる。時が戻るのならアルトを助けたい。


「あぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 土を強く握りしめる。雑草がブチブチと引きちぎれる。嗚咽の混じった呻き声が虚空に消える。


『けて……助けて』


 何処かから助けを呼ぶ少年の声が聞こえる。耐え難い苦痛のあまり幻聴も聞こえるようになったかと思った。


『助けて……』


 その声は頭の中をぐるぐると回る。やめてくれ。今はそういう気分じゃない。ほっといてくれ。


「うるさいっ!!!!」


 ボクはがむしゃらに森の中を走る。


 深い森の中、金属特有の鉄臭い匂いがする。なぜ? ヴェルトリリオンのような鉄臭いような火薬のような匂いがする。ボクは匂いを辿り、匂いの強まる方へと導かれるように歩いた。


 森を抜けた先にあったモノは想像を絶するものだった。


「ヴェルトリリオン……?」


 今一番見たくないモノだった。二本角に尖った二つの目、まるで色を失ったかのような灰色の機体がそこには跪いていた。


『来て……くれたの?』


 頭の中、声が響く。


「キミは誰?」


『見ての通りさ』


『キミからは哀しみを感じる。弟がいたんだね』


「なんでそれが……わかるんだ」


『信じてもらえないと思うけどボクにも弟がいたんだ。その気持ち痛い程にわかる』


 色を失ったヴェルトリリオンはコックピットハッチを開く。誘い込むように。


『ボクは十番目のヴェルトリリオン。運命のアルカナを司る。名はディスヴェリア』


『前の操縦士マスターが死んじゃってね。魔力供給が絶たれて動けなくなっちゃった。えへへ』


「ヴェルトリリオンって自由意志は持ってないはずだ。なぜ物を考え喋れるんだ?」


『信じてもらえないと思うけどボクも昔は人間だったんだ。たった一人の弟がいた。幸せだったんだ……でも、ボクには適正アルカナがあったんだ。家族と引き離され、身体を散々弄られた挙句、機械に埋め込まれちゃった。死ぬことも許されないって。辛いね』


 アルカナ……本で読んだことがある。千人に一人。常軌を逸する特別な魔力を保持する人間。御伽話かと思っていたけど本当にいたんだ。


『ボクにはひとつ夢があってね。世界ワールズのアルカナを手に入れて世界を創り変えるんだ。戦争のない笑顔な世界を。弟とまた会ってたくさん話をするんだ。おっと、何故泣いているんだい?』


 頬を涙が伝い、滴り落ちる。落ちた雫は地面にシミをつくる。


「ボクも弟ともう一度会いたい。もっとたくさん話がしたい。こんな世界嫌だ」


 ディスヴェリアは最後の魔力を使い、ボクの頭を撫でる。


『どうやらボクたちは似た物同士みたいだね。こんな世界壊して創り変えちゃえばいいよね』


「どうすれば世界ワールズのアルカナが手に入るんだ」


『この海の遥か彼方にある大帝国『アルカトリア』そこに世界のアルカナを搭載した機体がある。それのコアを取り込めば力が手に入る。あとはわかるよね』


「乗れってことか……」


 コックピットハッチを踏み締め、コックピット内に入る。中にはイスのようなモノが埋め込まれており両端には操作レバーが取り付けられている。


イスに座り、操作レバーに手をかける。コックピット全体が蒼く光り、身体に魔力回路が浮き出る。


 視界が次第に暗くなっていく。


 耳元で誰かが囁く。


『やっと会えたね。ボクはディスヴェリア。キミは?』


 白髪の少年がボクの顔を覗き込んでいる。


「ボクはシノン」


『じゃあ行こうかシノン』


 機体は次第に色を取り戻し、ツインアイが青白く光る。




 






 













 


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