第6話
眠らないという選択肢はこれまでなかった。西森に不気味さを感じても、あたしに危害を加えるようには思えなかったから。それに日々の話をしているだけならとくになにも起きなかった。けれど今日、初めて眠ることをためらっていた。
もし西森に会ったら、あたしは選ぶことになる。知らなかったではすまされないところまで来ている自覚はあった。
スマホでインスタを見ながらぼんやりしていると、彩菜ちゃんがストーリーを更新しているのが目に入った。
墓参りのあと昌也とどこかの喫茶店にでも入ったのか、コーヒーの写真と、親友の墓参りに行ったことを報告する内容だった。西森をだしにするような投稿を見て、スマホを置く。目を瞑り、今日の昌也と彩菜ちゃんのあの甘い世界を思い出す。そして泥をすくい上げるような気持ちを抱えてベッドに横なった。
西森はいつものようにそこにいた。薄暗闇の中佇む姿はどこか田舎の電灯を思い出す。
あたりが真っ暗だから明かりは安心するのに、不気味さをまとっているその明かりに近づきたいわけではない。できればやり過ごしてしまいたい。
それでもいつも通り、隣に行って西森の顔を見た。やはりその顔はぼんやりして、たとえ目を凝らそうと彼女の表情は見えない。けれどあたしは目をそらさずに聞いた。
「あんた、あたしが好きだったの?」
なにも返ってこなかった。どっちだったの? どちらにうそを突き通して死んじゃったわけ? そもそもどうしてあたしの夢に出てきているの? それに今までの人たちを殺したのは、あんたなの?
立て続けに吹き出す疑問に、西森はまったく答えなかった。いったいこれはなんなのか。叫び出したい、怒鳴りつけたい気持ちを飲み込んで、あたしは西森の四十九日で彩菜ちゃんと昌也に会ったことを話し始めた。
そして彩菜ちゃんが、西森があたしのことを好きだったと話してきたことを伝える。西森がこちらを向いた。なにかを待っているかのようだった。獲物が罠にかかるかのを舌なめずりして待つような空気に、唇を舐める。
ここに来た時点でもう正しいことはなにひとつなかった。あの日ドレス姿で居酒屋に行ったときからすべてが間違っていた。これは地獄だ。誰かだけがもがき苦しむようなものではない。ホラー映画のわかりやすい恐怖でもない。ただ、どの選択をしてもみんなが少しずつ首を絞められるような苦しみを味わう地獄だ。
だからあたしは最後の言葉を続けるかどうか迷って、それでもとうとう震える声で言った。だって結果は同じことなのだ。全員の地獄だというなら、なにを迷う必要があるんだろう。生き残るくらいなら、みんなで地獄に落ちるべきなんだ。
「彩菜ちゃんも酷いよね。あんたがずっと隠してきたこと簡単にバラしちゃって。ああいうの普通言わないよ」
西森が頷いた。そして、にっこり笑った。眼の前は相変わらずぼやけたままで顔なんて見えないのに、待っていた、とでもいうような笑顔を感じた。
そう、たしかに西森は待っていた。あたしから聞きたかったのだ。西森がどちらにうそをついていたかなんて、もうどうでもいい。彼女はどちらにせよ、これを待っていたのだ。ただそれだけだ。辛抱強く、あたしがこれに気づくまで、ただ話を聞いて待っていた。
西森があたしから離れた。初めて彼女が歩くところを見て呆然としていると、彼女が軽く片手をあげた。じゃあ、とでもいうような軽い挨拶のような仕草だった。
あたしも同じように手をあげた。それで今日の昌也と彩菜ちゃんを思い出し、暗い地面に視線を落とす。
後悔とも違う、純粋な悪意を飲み込めずに深めに息を吸う。
きっともう西森はあたしの夢に出ることはないだろう。これで終わったのだ。あたしと西森の物語は。
目が覚めたら、昌也に連絡をしなければいけない。
緩やかな甘い地獄の始まりに、あたしは微笑んだ。
獄楽浄土 朋峰 @tomomine
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます