Ⅷ おかえり、アストラル・クレストへ。
第34話
「流石だな……。
気付けば、俺はそう言っていた。
自分でも驚くほどに冷静な反応だったと思う。もしかしたら、心のどこかで止めてくれるんじゃないかと期待していたのかもと考えると、苦笑さえ漏れる。
「いつから気付いてた?」
「逆に訊こうか。君は、『どうして俺なんだ?』と不思議がっていたね。なんで僕は君に目をつけたと思う?」
「……なるほど。最初から怪しんでたわけか」
「僕だけじゃない。
呆れ口調で語る
「――さて、もう観客のフリも飽きたろ?」
すると、途端に俺は画面に吸い込まれる。いいや、画面の方が迫って来たと言うべきか。あたりは白い閃光に包まれ、一瞬のうちに何も見えなくなる。見渡す限りの白い世界。
やがて、背景が溶けだすように、周囲の様子が浮かび上がって来る。
青だ。
海だ。空だ。そして、風が吹きこんで、白雲が泳いでいく。そこは、海に臨むバルコニー。いつかの〈占い喫茶・
これは、作られた世界。作られた空だ。それは分かっていた。
見上げれば、〈アストラル・クレスト〉の母船が浮かんでいて、一機の〈リモートウォーカー〉が活動している――
「ちょちょちょちょーい! 無理だって、無理だって、無理だってえぇぇぇぇッ! ごめん、
「いいよ。存分に暴れてやれ、
「おっけい! まっかせといて!」
最終局面での裏切り。それにもかかわらず、リカバリーをし、しかも奮闘している。いや、それどころか、
これでは、裏切った意味も何もない。たとえ、味方につこうと、敵に回ろうと、きっと結果は同じだったのだろう。はじめから、大きな運命の流れは
「いい……チームだな。完敗だよ」
「何、言ってる? まだ負けてないぞ」
「?」
「コート替えでボケたのか、攻める方向を間違えただけなんだろう? 冷静になるまで、ベンチに下がってもらったが、目が覚めたら君にも出てもらうつもりだぞ?」
なぁ、と
そして寂しげに口を開いた。
「なんで、
重々しい口調だった。とはいえ、俺の胸には突き刺さらない。過去を振り返ったところで、なにもないからだ。あるのは、ただ
更生でもさせたいのだろうか。悪行を責めたいのなら責めればいいし、罰を受けさせたければ受けさせればいい。いっそ、首を落とせばいいだけなのにと、
「生憎、忘れるのは得意――」
「答えろ!」
ぐっと、力を込めて。
そうして向き合えば、彼女の夕日のように燃える瞳に、俺の伽藍洞が映り込む。
「何度忘れても、
「……はは。わけ分かんね。なんでお前が泣きそうなんだよ?」
「君も……君も、たまたまだなんて答えるのか? この世すべての理不尽が、偶然だと片づけるのか? それでいいのか? それで納得できるのか?」
「自分でもう答えてるだろ」
たまたま。
それで許されるわけがない。
「誰かが言った。死ぬまでに経験する幸せと不幸の収支は釣り合うんだと。――
「戯言だな。じゃあ、人生のなかで経験する晴れの日と雨の日は、みんな同じ日数なのか? くだらない。そんなわけがないだろう? それか、最低の善意だ。慰めの言葉にしては下手くそにもほどがある。それじゃあなにか? 幸せになるには、その分の理不尽にも耐えなきゃならないと?」
――反吐が出る。
「なら幸せのあとに不幸はあるのか? 不幸を味わえば、幸せになれるのか? 実際は違う。幸せを掴めた人間は、さらに幸せになり、不幸な人間は、さらに不幸になる」
「じゃあ、なぜ人は不幸になる?」
子どもの頃、よくやったゲームがある。時計を見ずに十秒を数えて、ストップと言う。それで、一番実際のタイムと近かった人が勝ちというものだ。
十秒くらいであれば、面白いものだ。だが、それが三分、十分、一時間となればどうだろう。一年、十年、百年となればどうだろう。その差は愕然としたものになり、目の前に現れる。
けれど、その始まりは、小さなズレでしかない。十秒のゲームでは、お互いに楽しめたほどの、本当に小さなズレだ。だが、その最初のボタンの掛け違いが、大きなズレを生んでしまう。正しく時間を刻めた人は正しく進み、ズレた人はズレ続ける。
同じように、幸せを掴めた人は幸せになり続けるし、不幸な人は不幸を経験し続ける。一度ズレてしまった道を直すためには、カンニングするくらいのことをしなければだめだろう。
けれど、ズレてしまうのは当人のせいだろうか。数えるのが早かったのは、たまたま運動をした後だったからかもしれないし、遅かったのは寝不足だったからかもしれない。やりたいことに全力投球していたからかもしれないし、理想に向かって走っていたからかもしれない。そして――
「――大切な大会で大怪我をしたからかもしれない」
たまたま、だ。
未来は、たまたま奪われる。
「だから、俺は
「実行犯の君がそれを問うのか? ……いいや違うな。そんな大量殺戮を黙認した運命こそが、君の本当の敵か。かけがえのないはずの命が、想いが、夢が、いとも簡単に踏みにじられることが、たまたまで片づけられるのかを、君は問いたいんだな?」
世界は理不尽だ。
その想いは、きっと俺と
だからこそ、俺の方が訊きたかった。
「どうして、お前こそ
その瞬間だった。
眼前に頭が飛んできた。
ジャンプした
「うるさい、うるさい、うるさい! 黙れ! お前が言うな! 本当に、なんなんだよお前! ふざっけんなよ!」
「……
「僕だって堕ちたいさ! 東京が燃え上がる姿を見てみたいさ! 無機質のゴミなんかより、燃えるゴミを処理した方が、地球のためにもなるし、楽しそうだなって思うこともあるよ!」
「なら……」
「でも! 他の誰でもない先輩が言ったんだろ!」
だから、堕ちるな。
ずっと、そこで輝いていてくれ。
お前は、シリウスなんだから。
「お姉ちゃんの代わりなんて、どうでもいいよ! そこはどうでもいい! そばに居てくれるって言ったのは嘘かよ? ――ああ、先輩の代わりなんて、いくらでもいるかもしれない。先輩が言うなら、そうかもな。でも、先輩が好きになった人や、先輩のことを想ってくれる人に、代わりは居るのか?
そんなの……。
「僕の代わりはいるのか?」
いない。
「だったら――」
俺は胸倉を掴まれる。
そして、真っすぐに目が合う。
目の前で輝くのはシリウス。
その瞳の奥には、俺が居る。瞳に映る俺は死神の姿をしている。けれども、大アルカナ十三番『
「――私がシリウスなら、先輩は太陽なんだよ! 私が落ちてしまいそうなときに側にいて照らしてくれる光なんだよ! いつまで逆位置でいるつもりなんだよ、
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