第33話
「俺の方に接触してくるなんて、珍しいな」
数時間前。
図書室にいた俺は、
「相変わらず、寂しいことを言うなぁ……。ボクは何度も何度も、君とお話してるじゃないか――
「そうだっけか? なんせ覚えてないからな」
やれやれと肩を竦める
ちなみに、毎回忘れてしまうことに、どうやら俺は異能力者らしい。俺の中枢神経に棲みついた〈
そして聞けば、
だが、無制限に増やすというわけにもいかない。肝心なやり方を忘れているからだ。多分、自分をコピーしたらどうなるんだろうという好奇心が生み出した謎存在なんだろうとは思うが……。
「だが、
「そうみたいだな。せっかくの地下室も公安に気取られてるみたいだし……どうするつもりだ?」
「なぁに、盛大にお迎えするだけさ。祭だよ!」
「……?」
いまから振り返れば、爆弾を仕掛けていると明言してくれても良かったんじゃないかと思う。ちゃんと逃げられると信頼していたのか、あるいは俺ごと始末する気だったのか……口を割ることはないだろう。
「これからボクはトンズラする。最後の頼み、聞いてくれるかな? なぁに、そろそろキラー衛星の引き渡しが終わることだ」
「デブリ除去衛星……だろ?」
「同じだろう? んんっ、それとも〈アストラル・クレスト〉に絆されたかい?」
「その名称の方が警戒されにくい」
「ふふふっ。まあ、いいさ。君は、そこらにいる公安とコンタクトがあるんだろう? なんとか言いくるめて、地下室へ案内させるんだ。なぁに、向こうも怪しんでるんなら、ノリノリで協力してくれるはずだ。あとは、
そして、
そう考えると、
「君には、本当に申し訳なく思ってるよ。いいや、君たちにはかな。ここ数カ月の間に、何度も何度も計画変更をすることになって、そのつど迷惑をかけてしまった」
だが、そもそも俺には覚えのないことばかりだ。何度も渡されたであろうメモはあるが、覚えのない物ばかり。計画変更と言われたところで、元の計画自体を知らないのだから関係なかった。
「どうせ、忘れるんだ。俺にとっちゃ、全部初耳だ。気にしてねぇよ」
計画というのは、詰まるところ、宇宙ホテルに関すること――でもなかったらしい。元々の計画は、ただの
しかし、
「あとは、どんなふうに宇宙ホテルの残骸を処理するか見てみたかったけど……入金も確認できたし、もういいっかなって。それに、ボクたちを振り回したツケの分は、払う気ないみたいだしね」
「お前が言うな」
とはいえ、公安の動きが早いのは確かに厄介だ。色々なものを闇に葬るためにも、宇宙ホテルは空から引きずり下ろすべきだろう。
「最後に確認する」
「んー? なんだい?」
「これは事故。そうだろ?」
「そうだよ」
そう言いながら、
「まず、宇宙ホテルに辿り着いたとしても、〈アストラル・クレスト〉が所有している〈リモートウォーカー〉は起動しない。君が使うやつを除いてはね」
「……つまり、仕掛けるのは俺がやれと?」
「まあ……そういうことになるが、どういうわけか、君の〈リモートウォーカー〉もカメラ機能に異常が出ることになっている。管制塔の指示に従って、取り付けたハズなのにあら不思議! 宇宙ホテルは、そのまま高度を下げ、重力に引かれるままに落ちていく」
「しかも、デブリ除去衛星の誘導に関しても、〈アストラル・クレスト〉側の操作を受け付けないと?」
「そう! あとは、都心めがけて……ドカン!」
手を開いて、爆発を表現する
「本当にイカれてんな」
「なんてことを言うんだい? ボクだって心が痛いんだ!」
「……」
「目をつぶれば……ああッ感じるさ! ひとり一人、みーんなそれぞれ大切な人がいて、友人がいて、恋人がいて、家族がいて……みんな日々を生きている! 空から眺めれば、豆粒のような存在かもしれない。けれどね、ひとり一人、顔も違えば考え方も違う。みんな、名前を持った人間なんだ。それが……ッ! 嗚呼! 一瞬にして、名も無き犠牲者になってしまう! 一〇〇〇万という数字になってしまう! なんて……なんて……悍ましい出来事なんだ!」
熱弁されても、俺は溜息しか出ない。表情がまったく悲しそうじゃない。それどころか、
「逆に君はどうなんだい、
「……」
「別に、単に大量虐殺をしたいわけじゃないんだろう?」
フッと笑う
「
「……知ってる」
「だからこそ知りたいのかい? 本当に、みんなかけがえのない大切な人間なのか。何人消えたら、世界は止まるのか。それとも、どれだけの不条理があろうと、世界はお構いなしに回り続けてしまうのか。世界に挑戦状を叩きつけたいわけだ」
いいねぇ、と。
応援しているよ、と。
「餞別に、少しだけそのヒントを教えておこう」
「?」
「
「……意味不明だ」
「
そのまま、
「生きていたら、また会おう。その時に気が向けば、答え合わせといこうじゃないか」
*****
『――ようこそ』
耳元に電子音によるアナウンスが響く。そうして、無機質な数列が現れ、凄まじい速さで駆け抜けて行くカプセルのなかで、俺は〈リモートウォーカー〉との接続を待つ。
『――システムの正常な作動を確認しました』
『――生体認証、
『――機体番号RW-AC-003との接続を開始します』
ふと、宙を浮く感覚そのままに、両腕、両肩、両足が背後から固定される感覚を覚える。〈リモートウォーカー〉との感覚が接続されたようだ。これから、視覚情報が同期されれば、宇宙空間へと飛び出すことができる。
『――触覚同期確認、正常』
『――動作同期確認、正常』
『――視覚同期確認、正常』
そして、視界が闇に覆われる。
「……?」
異変に気が付いたのは、闇の帳を目の前にして少し経ってのこと。何も変化が起こらないことに、あたりを見回す。
完全の闇というわけではない。広く仄暗い空間のなかで、俺はどうやら座らされていている。どこに? 座席にだ。周りを見れば俺と同じような席が整列されている。まるで、そこが劇場かなにかと言わんばかりに。
極めつけに。
俺は制服姿だった。
「……は?」
ブザーが響き渡る。
開演を告げるかのように。
幕は上がり、眼前には巨大なスクリーンが姿を現す。配給会社のロゴが浮かんだかと思えば、映画の始まりだ。貸し切りの大劇場に一人。そんな俺を画面越しに見つめるかのように、セーラー服の少女の顔がでかでかと投影される。
挑発的なタレ目。相変わらず、人を小馬鹿にするような不敵な笑み。瞳のなかにシリウスの輝きを宿しながら、ニタリとそいつは笑った。
「よぅ、のっぺらぼう」
「……」
「僕が気付いてないとでも?」
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