第33話

に接触してくるなんて、珍しいな」




 数時間前。

 図書室にいた俺は、常泉じょうせんに呼び出されていた。


 常泉じょうせんはいつになく周囲を気にしているようで、俺を生徒指導室に連れ込んでは、窓を開けて外を確認できる状態を作る。どうやら、奏人かなめの展開する幻術を見破っており、公安がうろついていることに気が付いていた。



「相変わらず、寂しいことを言うなぁ……。ボクは何度も何度も、君とお話してるじゃないか――二人一組バディとしてね」

「そうだっけか? なんせ覚えてないからな」



 やれやれと肩を竦める常泉じょうせん。ふとした瞬間に、救済RI合党Pのメンバーであることも忘れていそうだと視線を投げられる。実際そうなのだから、俺も特に気にしない。もはや所属したきっかけも思い出せないが、きっとだったのだろう。


 ちなみに、毎回忘れてしまうことに、どうやら俺は異能力者らしい。俺の中枢神経に棲みついた〈疑倣現写シミュラクラ棲脊食念虫ディマーガ〉に記憶を食われるのと引き換えに、コピー能力を得ているのだとか。見たものは真似ができるし、ゆえに何者にでもなれる能力。


 そして聞けば、早波はやなみ郁翔いくとも俺が作ったコピー人間らしい。そう聞いても、すんなり納得してしまえる自分がいるから、きっとそうなんだろう。


 だが、無制限に増やすというわけにもいかない。肝心なやり方を忘れているからだ。多分、自分をコピーしたらどうなるんだろうという好奇心が生み出した謎存在なんだろうとは思うが……。



「だが、二人一組バディも今日で解散のようだ。長い間、楽しかったよ」

「そうみたいだな。せっかくの地下室も公安に気取られてるみたいだし……どうするつもりだ?」

「なぁに、盛大にお迎えするだけさ。だよ!」

「……?」



 いまから振り返れば、爆弾を仕掛けていると明言してくれても良かったんじゃないかと思う。ちゃんと逃げられると信頼していたのか、あるいは俺ごと始末する気だったのか……口を割ることはないだろう。



「これからボクはトンズラする。最後の頼み、聞いてくれるかな? なぁに、そろそろキラー衛星の引き渡しが終わることだ」

「デブリ除去衛星……だろ?」

「同じだろう? んんっ、それとも〈アストラル・クレスト〉に絆されたかい?」

「その名称の方が警戒されにくい」

「ふふふっ。まあ、いいさ。君は、そこらにいる公安とコンタクトがあるんだろう? なんとか言いくるめて、地下室へ案内させるんだ。なぁに、向こうも怪しんでるんなら、ノリノリで協力してくれるはずだ。あとは、郁翔いくと氏が万事うまくやってくれる」



 そして、常泉じょうせんはセキュリティーの解除方法を俺に告げた。一つ目は「18782いやなやつ」、二つ目は「37564みなごろし」だとご丁寧に覚え方まで教えてくれたが、本当にイカれた奴だったんだなと心の底から思う。


 そう考えると、救済RI合党Pに集まってる奴らは、その理念なんてどうでもいいのかもしれない。理念にかこつけて、自分の不満を爆発させたり、欲求を満たしたりしたいだけなのかもしれない。もっとも、常泉じょうせんは死に場所を求めているというより、むしろ不老不死の秘薬を探し求める方向にイカれているのだが。



「君には、本当に申し訳なく思ってるよ。いいや、かな。ここ数カ月の間に、何度も何度も計画変更をすることになって、そのつど迷惑をかけてしまった」



 常泉じょうせんは心にもないことを言う。


 だが、そもそも俺には覚えのないことばかりだ。何度も渡されたであろうメモはあるが、覚えのない物ばかり。計画変更と言われたところで、元の計画自体を知らないのだから関係なかった。



「どうせ、忘れるんだ。俺にとっちゃ、全部初耳だ。気にしてねぇよ」



 計画というのは、詰まるところ、宇宙ホテルに関すること――でもなかったらしい。元々の計画は、ただの千野せんの晃永あきなが議員の暗殺計画。依頼主は、彼の政敵である雨沼うぬま越夫えつおだった。暗殺で得た報酬が、救済RI合党Pの活動資金になればいいくらいのつもり。


 しかし、千野せんの晃永あきながが宇宙ホテルの開業パーティーに参加することが決まると、そこで事故に見せかけて殺害するようにと依頼が変更された。


 救済RI合党Pとしてはどちらでも良かった。が、宇宙での〈リモートウォーカー〉の実戦経験を積みたい意図から、敢行することにした。目撃者や生存者を生まないよう、宇宙ホテルの全員を始末。その後に、デブリの衝突による事故だと見せかけた。



「あとは、どんなふうに宇宙ホテルの残骸を処理するか見てみたかったけど……入金も確認できたし、もういいっかなって。それに、ボクたちを振り回したツケの分は、払う気ないみたいだしね」

「お前が言うな」



 とはいえ、公安の動きが早いのは確かに厄介だ。色々なものを闇に葬るためにも、宇宙ホテルは空から引きずり下ろすべきだろう。



「最後に確認する」

「んー? なんだい?」

「これは。そうだろ?」

「そうだよ」



 そう言いながら、常泉じょうせんは、郁翔いくとが仕掛けているであろう〈アストラル・クレスト〉の母船への細工を教えてくれた。



「まず、宇宙ホテルに辿り着いたとしても、〈アストラル・クレスト〉が所有している〈リモートウォーカー〉は起動しない。君が使うやつを除いてはね」

「……つまり、仕掛けるのは俺がやれと?」

「まあ……そういうことになるが、どういうわけか、君の〈リモートウォーカー〉もカメラ機能に。管制塔の指示に従って、取り付けたハズなのにあら不思議! 宇宙ホテルは、そのまま高度を下げ、重力に引かれるままに落ちていく」

「しかも、デブリ除去衛星の誘導に関しても、〈アストラル・クレスト〉側の操作を受け付けないと?」

「そう! あとは、都心めがけて……ドカン!」



 手を開いて、爆発を表現する常泉じょうせん



「本当にイカれてんな」

「なんてことを言うんだい? ボクだって心が痛いんだ!」

「……」

「目をつぶれば……ああッ感じるさ! ひとり一人、みーんなそれぞれ大切な人がいて、友人がいて、恋人がいて、家族がいて……みんな日々を生きている! 空から眺めれば、豆粒のような存在かもしれない。けれどね、ひとり一人、顔も違えば考え方も違う。みんな、名前を持った人間なんだ。それが……ッ! 嗚呼! 一瞬にして、名も無き犠牲者になってしまう! 一〇〇〇万という数字になってしまう! なんて……なんて……悍ましい出来事なんだ!」



 熱弁されても、俺は溜息しか出ない。表情がまったく悲しそうじゃない。それどころか、常泉じょうせんは嬉々として語っている。悍ましい地獄を作ることが、楽しみで楽しみで仕方ないといった様子だ。



「逆に君はどうなんだい、日向ひなた氏」

「……」

「別に、単に大量虐殺をしたいわけじゃないんだろう?」



 フッと笑う常泉じょうせん。その笑みは、なぜか悪意を感じさせないものだった。レンズを拭くために外されるメガネ。その時見せた常泉じょうせんの瞳は、どこか澄んだものだった。



湖上こじょう風花ふうか月雲つくも凪咲なぎさ、それから、天代あましろ鈴音りんね。みんな強い子たちだねぇ。もし、世界から試練を与えられても、自分たちこそが世界なんだって、跳ね返してしまうんだろうさ。それこそ、君なんか居なくてもいいんだろうね」

「……知ってる」

「だからこそ知りたいのかい? 本当に、みんなかけがえのない大切な人間なのか。何人消えたら、世界は止まるのか。それとも、どれだけの不条理があろうと、世界はお構いなしに回り続けてしまうのか。世界に挑戦状を叩きつけたいわけだ」



 いいねぇ、と。

 応援しているよ、と。

 常泉じょうせんはメガネをかけ直す。



「餞別に、少しだけそのヒントを教えておこう」

「?」

日向ひなたくん。ある意味において、君の代わりはいくらでもいるし、逆に君には代わりはいないとも言える」

「……意味不明だ」

じきに分かる」


 

 そのまま、常泉じょうせんは俺に踵を返すと、背中を見せたまま手を振った。



「生きていたら、また会おう。その時に気が向けば、答え合わせといこうじゃないか」



  

 *****




『――ようこそ』



 耳元に電子音によるアナウンスが響く。そうして、無機質な数列が現れ、凄まじい速さで駆け抜けて行くカプセルのなかで、俺は〈リモートウォーカー〉との接続を待つ。



『――システムの正常な作動を確認しました』

『――生体認証、奥宮おくみや日向ひなた

『――機体番号RW-AC-003との接続を開始します』



 ふと、宙を浮く感覚そのままに、両腕、両肩、両足が背後から固定される感覚を覚える。〈リモートウォーカー〉との感覚が接続されたようだ。これから、視覚情報が同期されれば、宇宙空間へと飛び出すことができる。



『――触覚同期確認、正常』

『――動作同期確認、正常』

『――視覚同期確認、正常』



 そして、視界が闇に覆われる。

















「……?」



 異変に気が付いたのは、闇の帳を目の前にして少し経ってのこと。何も変化が起こらないことに、あたりを見回す。


 完全の闇というわけではない。広く仄暗い空間のなかで、俺はどうやら座らされていている。どこに? 座席にだ。周りを見れば俺と同じような席が整列されている。まるで、そこが劇場かなにかと言わんばかりに。


 極めつけに。


 俺は制服姿だった。



「……は?」



 ブザーが響き渡る。

 開演を告げるかのように。


 幕は上がり、眼前には巨大なスクリーンが姿を現す。配給会社のロゴが浮かんだかと思えば、映画の始まりだ。貸し切りの大劇場に一人。そんな俺を画面越しに見つめるかのように、セーラー服の少女の顔がでかでかと投影される。


 挑発的なタレ目。相変わらず、人を小馬鹿にするような不敵な笑み。瞳のなかにシリウスの輝きを宿しながら、ニタリとそいつは笑った。



「よぅ、のっぺらぼう」

「……」

「僕が気付いてないとでも?」







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