第32話
「ご無事ですか、
土煙を浴びた
眼前には、無惨にも半壊した校舎。爆発によって吹き飛んだというよりかは、地下空間の崩落に巻き込まれたようで、施設があったであろう中庭から、入り口となっていた生徒会室部分を中心として、大穴に吸い込まれるように倒壊している。
「
それまで呆然と立ち尽くしていた
「説明は後だ! 車を出せ!」
「……はっ。して、どちらに?」
「二十一号室だ! 急げ時間が無い!」
「……しかし、あの施設は、いまは公安に――」
「黙れ! 突破しろ! 一〇〇〇万人が死ぬぞ!」
それから
何をすべきかは分かっていた。
堕ちて来る星を止める。
タイムリミットは二時間を切っている。
まるで、完成された一つのチーム。
「やっぱ……流石だな」
伸びる四人の影。その姿に、ふとバスケ部時代のことを思い出す。コートに立つ仲間の姿。それは天井からの照明に照らされて、輝いて見えた。一人ずつにきちんと役割があって、一つの目標に向かって走っていく。その光景が、なんだか懐かしく思えて――
思い出にふけている場合ではない。
駆け出す四人の後を、俺は追った。
*****
カーラジオが告げるのは、
「……」
沈黙が続く車のなか。けれど、それは意気消沈しているからではない。お互いが向かい合うように座る後部座席には、地球のミニチュアの映像が浮かべられ、いわば移動する前哨基地に姿を変える。
そんななか、
いまのところ、
いずれにせよ、アームの破壊工作くらいはされる可能性がある。それに備えて、簡単な迎撃はできるようにと
「偽物の映像ってことはないよね? 差し替えられてるとか」
「ない……と信じたい」
「そい!」
不意に、
何をするんだと思いきや、映像のなかのアームはきちんと動いていて、確かに動作していることが確認できた。遅延はあったが、それは電波環境のせいだろう。その様子に、
「電力を無駄にするな……と言いたいが、定期的に動かしてくれ。映像が差し替えられていないか確認したい」
「まかされた!」
屈託のない笑みを見せる
「……」
他方で、
「なに見てんだ? 確か図書室でも見てたよな?」
「宇宙ホテル事故の死亡者リストだよ。見る?」
「いや、見ねぇけど……気になるのか?」
「ちょっとね……」
不思議なことを気にするものだなと思った。その事件に関しては、
死者に関して、些細は知らないが、大物の政治家が国内外問わず、たくさん巻き込まれたとは報道でもされていた。なかでも衝撃的だったのは、
だが、
「……」
ふと、俺は
いや、あるいは何の感情もないのかもしれない。いまはただ、宇宙ホテルの落下を防ぐことだけを考えている。そんな目をしていた。
『――先ほどからお伝えしております、
カーラジオから聞こえた音声。
それが気になったのか、
「……あっ、お
「チッ。しぶとい奴らだ」
画面の端に映り込んでいたらしい。何気なく見ていた俺は見逃してしまったが、よく見ていたなと思う。それよりも、犠牲者の有無の方が気になっていた俺は、それどころではなかった。
数人の生徒が怪我をしたが、いずれにしても命に別状はないとのこと。それで、とりあえず安堵の息をつく。とはいえ報道で、関係者の死傷に関する情報が伝えられることはなかった。
――俺の代わりはいる。
脳内で声が響いた。
もうこの世にはいないはずの人の声。けれど、それは他人の声なんかではない。記憶にはないが、少し前に同じセリフを俺も吐いた気がする。そうやって、代用品であり続けた人生は、酷い最期だった。まるで虫でも潰すかのように、簡単に踏み潰された。公安を誘い込むための囮に使われて、自らは爆風とともに生き埋めになる。そんな雑な扱いをされたんだ。
そして、新しい補充要因が投入される。
そうして再び
世界は回り続ける。
「……最低だな」
あの代用品が?
いいや違う。
最低なのは、この世界だ。
自分がいなくなっても世界が回るのなら、その無念はどうすればいい? 居ても居なくてもいい透明人間の慟哭は、いったい誰にぶつければいい? のうのうと生きてしまった罪か? 理想を抱かなかった者の罪か?
いいや逆だ。理想を抱かないから、世界に振るいにかけられたんじゃない。弱者として突き落とされたから、夢を見れなくなったんだ。どのみち忘却の彼方に葬り去られるなら、そもそも生きる理由なんて見いだせないに決まっているじゃないか。
そんな回り方をする世界なんてどうかしている。
「……」
いま俺がここにいる理由も、どうせ世界の気まぐれなのだろう。きっと目の前にいる四人なら、無事に成し遂げられるだろう。それこそ、俺なんか居なくてもだ。
けれど、俺が紛れ込んだのは、たまたまだ。居ても居なくてもいいけど、四人ならなんとなく心もとないから、オプションでつけられたおまけだ。世界にとっては、誰にでも替えが利く、代用品かなにかのつもりなのかもしれない。
代用品?
馬鹿を言え。
ただ、普通に生きたいだけの人だ。
そいつらに、価値はないのか?
「そんなわけないだろ?」
小学生の頃、「この世に必要でない人間なんていない」と言われた。忘れっぽい俺でもそれは覚えている。
でも、それが嘘なんじゃないかと思う時がある。信じられなくなってしまう時がある。それは、知ったふうに語る高校教師がいるからだ。それは、人の不幸を屁とも思わない政治家がいるからだ。それは、糞みたいにいい加減な神様が、世界を運営しているからだ。
それならいっそ、爆弾でも落としてやった方がいいんじゃないか? 一〇〇〇万人に死を突き付けて、神に問うた方がいいのではないか? こんな世界の在り方でいいのか、と。それでも、世界は回るのかと。こんないい加減で残酷な世界を認めるのかと。
「ああ、そうだな」
俺は静かに瞳を閉じる。
そして、呪う。
この残酷な世界を。
「お前の代わりはいる」
――
――
「――さよなら、俺の
あとは引き受けたよ。
この詰らない世界の殺害計画を。
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