Ⅶ よぅ、のっぺらぼう。

第31話

「全員捕まえろ! 確保だ!」




 突如、施設内に公安がなだれ込んでくる。それは、何もないところから姿を現したように、その場にいた救済RI合党Pのメンバーたちには見えたに違いない。実際には、常泉じょうせんに扮した日向ひなた先輩が先行し、続いて入って来た公安の人員は、奏人かなめの幻術で姿を消していたようだ。


 咄嗟のことで、抵抗しようと試みた救済RI合党Pメンバー数人が銃を取り、ちょっとした銃撃戦になる。だが、燎莉かがりの黒い炎によって無効かされると、あっという間に鎮圧されてしまった。



「あ……」



 僕の目の前のディスプレイに映し出されるのは、二つの学園内の映像。風花ふうか先輩と凪咲なぎさ先輩の近くに配置されていた〈リモートウォーカー〉が、公安によってそれぞれ見事に粉砕されている様子が映し出されている。


 そして目の前では、まさに破壊された〈リモートウォーカー〉を操っていたパイロットたちがカプセルから引きずり出されては、拘束されていく光景が広がっている。鮮やかなまでの拘束劇。息もつかせぬ間におこった逆転劇に、僕は呆気に取られてしまった。


 そんな僕の肩に手が置かれる。

 奏人かなめだ。



「もう大丈夫。怖くなかったかい?」

「……お前」



 何食わぬ顔でヘラヘラとしている奏人かなめ。二言目には「おいおい、睨むことはないだろう」と言い出しそうですらある。拘束されていく救済RI合党Pメンバーたちの呻き声を、オーケストラかなにか聞くかのように穏やかな表情の彼。この場では、さながら指揮者を気取っていた。



「僕を……囮に使ったな?」

「んー? なんのことだろう? たまたま目を付けていた人物が、たまたま目を付けていた学園の地下に、たまたましていた重要人物を連れて行った。それを救出しただけだよ」

「白々しいぞ」

「まぁまぁ、怒んないでよ。それとも、救済RI合党Pと共謀した疑いで、君も拘束してあげよっか? その歳で国家反逆罪かぁ……恩赦があるといいね」

「――ッ」

救済RI合党Pの人工天体と〈アストラル・クレスト〉の宇宙空間での密会ランデブーを気付いてないとでも? ジャミングとかで誤魔化してはいたようだけど、〈スペース・オプティコン〉にはバレバレさ。可愛い鈴音りんねちゃんに免じて、そのデータは僕の方で改ざんしておくつもりだったんだけど……。――なんてね。貸しにしておくよ」

「……お前は、嫌いだ」

「まぁ、お互いにビジネスライクで、今後ともよろしくね」



 そして、奏人かなめは僕から手を離すと、正面を見据える。その視線の先には、こちらを真っすぐに捉えている銃口があった。遠隔宇宙遊泳衣リモートウォーカースーツの上に白い衣を纏い、フードの奥から虚ろな瞳をこちらに向けている。


 残るは一人。


 その場にいた公安たちも、銃を突き出して睨み合いが始まる。



「彼が、逆さまの『太陽』? やぁ、はじめましてだね、早波はやなみ郁翔いくと




 *****

 *****




 早波はなやみ郁翔いくと



 そう呼ばれた少年の銃口は、真っすぐにに向かっていた。追い詰められているのは確かで、カプセルから引きずり出される際にひと悶着あったのだろうか? 左腕の部分が破れて、素肌が露になっている。


 刻まれているのは、特徴的なの痕。普通なら晒すのを憚られる少しグロテスクな見た目だ。だが、彼は頓着する様子はない。かといって、ここにきて彼の瞳のなかには、恐怖もなければ、戸惑いもない。


 敢えて言うならば「疑問」くらいはあったと思う。冷静に、冷徹に、ただただ静かにこちらを見つめている。



「これはどういうつもりだ、常泉じょうせん? まさか裏切ったのか?」



 郁翔いくとは俺のことを常泉じょうせんだと認識しているようだった。けれども同時に、郁翔いくとは俺の正体に、薄々気が付いているようでもある。おそらく、違和感を持ってはいるが、「一応この場では、そういうことにしておいてやる」というニュアンスの口調だった。


 もう、化ける必要もないだろう。


 俺は変装を解いて、郁翔いくとと相対する。すると、どうしたことだろう。それまで、能面だったはずの彼は驚いたような表情を浮かべた。変装の技術に驚いたのだろうか。かと思えば、一瞬悔しそうな表情を見せてから、すべてを悟ったように口元だけで諦念を表現した。



「そうか……。どうやら、俺は見捨てられたようだな。それともハズレを引かされたのか?」

「あはっ! いやぁ、ごめん、ごめん! でも、郁翔いくと氏なら、あとは任せられると思ってねぇ」



 常泉じょうせんの声がした。


 場所は上空。砂嵐のようなノイズが走ったかと思うと、常泉じょうせんの顔が現れる。もちろん、投影された映像。背景は加工されていて場所も分からないが、どうやらもう学園内にはいない様子。すぐに、奏人かなめの近くにいた一人が、電波の発信場所の解析を始めるが、きっと常泉じょうせんからすればそれも承知でコンタクトを取ってきているのだろう。常泉じょうせんの余裕な調子に、郁翔いくとは舌打ちする。


 そんな反応をよそに常泉じょうせんは舞台の演者にでもなったかの調子で続ける。



「ありがとう、郁翔いくと氏! 君のおかげですべてうまくいった! これで学園祭は大成功! みんなに流れ星を見せることができるよ! ……いやぁね、本当の学園祭には少し早いんだけど、三十日前の前夜祭とか斬新でいいと思わないかい? 思うよね! うん、そうしよう!」



 何を言っているんだ……と、困惑するなか、常泉じょうせんがパチンと指を鳴らすと別の画面が出現した。それは、救済RI合党Pの母船の船外カメラからの映像。そこには並走する〈アストラル・クレスト〉の母船が映っている。



「うそ……」



 その映像から最初に異変に気が付いたのは、鈴音りんねだった。映像は動いていた。止まっているはずの〈リモートウォーカー〉は活動を続けており、殺人衛星が、いままさに救済RI合党Pの母船側にドッキングされていく。


 動いているのは、すでに魂を失ったはずの空っぽの機体。パイロットだった人は拘束され、郁翔いくともまた現実世界の方で睨み合っている。それでも動き続けている理由として考えられるものは一つしかなかった。



「ほんとナイスだよ、郁翔いくと氏! 咄嗟の機転で、自動操作に切り替えるなんて!」



 言葉を聞かずに鈴音りんねは駆け出したかと思うと、操作パネルへと向かい、鬼のような速度でタイピングを始める。〈アストラル・クレスト〉の母船に指示を出しているのだ。


 やがて、操作権を取り戻したのか、映像に映るうちの一機は活動をやめて母船へと収納される。しかし、時すでに遅し。引き渡されたキラー衛星は救済RI合党P側の母船にドッキングされてしまう。



「これで、あとは宇宙ホテルにくっつけるだけ! 宇宙ホテルとのエンカウントまでは、あと二時間! あとは自動で――」

「させるな天代あましろ鈴音りんね! 取り返せ!」

「簡単に言うな! できればもうやってる!」



 さすがの奏人かなめも、事態の深刻さに声を荒げる。とはいえ、自分の言葉が無茶振りすぎることは彼も気が付いていた。郁翔いくとがやったのは、ほとんど終わりかけていた作業の後始末を自動に任せただけ。取り戻すなんて複雑なタスクをこなすためには、どうしてもパイロットが必要になる。


 目の前のカプセルがどういう代物かは、奏人かなめはまだ十分に理解できていない。だが、パイロットが入るためのカプセルなのだろうとは予測できた。しかも、敵のもの。たとえシステムが類似したものであったとしても、〈アストラル・クレスト〉側が使えるように同期させるまでには、暫く時間が必要だろう。そのための作業に、いま鈴音りんねが取り掛かっているであろうことを、奏人かなめは理解していた。



天代あましろ鈴音りんね! まずは、救済RI合党P側の母船と固定した状態を維持しろ! 絶対に振り切られるな!」

「もうやってる!」



 実際、映像のなかでは〈アストラル・クレスト〉側から伸ばされたアームが、救済RI合党Pの母船をきちんと捕えている。救済RI合党P側からは無言のうちに「離れろ」と聞こえて来そうだが、向こうも有効な手段が打てるようではなさそうだ。ミサイルかなにかの道具を隠し持っている可能性はあるが、こんな近距離で衛星破壊を敢行すれば、救済RI合党P側にも被害が出る。


 映像を見て、当面はなんとかなりそうかと少し安堵の表情を浮かべる奏人かなめ。あとはパイロットが来るまで――


 そんなことを思っていたに違いない。


 だが俺は、常泉じょうせんの上機嫌振りに、直感的に嫌な予感を覚えた。歯を剥き出しにして不気味に笑う彼の表情に、そして、言葉の端々から聞こえる不穏な響きに、俺は鈴音りんねの元へと駆け寄る。



「それじゃあ始めよう! 前夜祭の始まりだ始まりぃーッ!」



 俺は嫌がる鈴音りんねを強引に引き剥がすと、抱きかかえながら入り口の方に駆け出す。「何をやっているんだ」と奏人かなめの制止の声が背後から投げられるが、気にしている場合ではない。


 何よりも。


 先ほどから俺に向けられる郁翔いくとの虚ろな視線が、気がかりで仕方が無かった。空虚で、虚無で、なにも無いはずなのに、常泉じょうせんが「前夜祭」だと喋り始めたあたりから、妙に口角を釣り上げているのが不気味でしかなかった。――何か絶対に企んでいると。



「離せ! 何のつもりだ!」

「分かんねぇ! 分かんねぇけど――」



 逃げなきゃ。

 そう思った。


 いまも背中には、郁翔いくとからの伽藍洞の視線が焼き付いている。あらゆるものを飲み込んでしまいそうな虚ろ。その瞳は静かに語り掛ける。



 、と。



 早波はやなみ郁翔いくとはもう一人の自分だった。救済RI合党Pに入ってしまった。別になろうと思ってなったわけじゃない。むしろ、自分のいない世界なんてものは、簡単に想像ができてしまう。自分なしで回っていく世界も想像できてしまう。自分は世界にとって余分なものであって、かといって不要なものでもない。あってもなくてもいい、どうでもいい存在。そんな宙吊りにされた虚ろな存在。


 目指すべき自己像なんてものもない。だから、目的も無いから手段も選びようがない。もし目的を与えてくれるのなら、忠実にそれをやり遂げる。とにかく、目の前のことに集中できてしまう人物。


 だから――



「――自爆くらい、してみせるんじゃないかって」



 そして。


 が炸裂した。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る