第29話
「おっと! 本物の生徒会長から連絡だぁ。ボクは席を空けるから、
手を振りながら、地下施設から去っていく
「……」
「……」
「そろそろ素顔でも見せてくれたらどうなんだ?」
「顔は潰した。その方が何かと楽だからな」
パサリと、フードを取る。
僕は作業をしながらチラリと横目で見るが、見れたものじゃないと、すぐに画面に集中する。
鼻から上は無かった。例えるなら、のっぺらぼう。髪もなければ、眉も無い。顔は本人の言うように、ぐちゃぐちゃなのだろう。シリコン製と思われる覆いをしているが、境界からはただれた痕がチラチラと顔を出している。本来目があるである場所には穴が二つ。そこから覗く瞳は、酷く虚ろなものだった。
それで少し気が付いたが、白い衣の下には
出会うまでは、恐ろしい人物だと思っていた。先ほどまでもそうだ。無表情のままに殺戮兵器になれる残忍な人物だと。だが、顔をみればどうだろう。別の感想が浮かんで来る。それは――
「――哀れだな」
「なにがだ?」
「人様に見せられない顔がさ。
「深い意味はない。さっきも言ったろ? この方が楽だって」
おまけに声までも。
「どうかな? 自分自身とお喋りできる感想は?」
「……その声でしゃべるな」
「――えー? じゃあ、私と喋ろっか?」
声色が
「何度か入れ替わろうと頑張ったんだけど、ざーんねん。凄いんだね、〈アストラル・クレスト〉のセキュリティって。すぐバレちゃった。でも、
「……」
その姿をやめろと言おうとしたが、次の瞬間には、
もし、カフェにいたあの日の
「あの
「……黙れ。先輩の声で……喋るな」
「――あらそう?」
踵を返しながら、元の席につく
「お母……さま……」
「あら。そういう反応になるのね」
声が震えていた。いや、声だけじゃない。それまで作業していた手が止まり、まるで痙攣しているかのように思い通りに動かせなくなる。だがそんな手でも、早くなる呼吸と心拍に、胸を抑えることだけは許された。
目の前の母の姿をした人形は何も言わない。それなのに、冷厳な声が頭に響いて来る。「あなたも、
「この姿は、
男はのっぺらぼうに戻っていた。
フードを被っては、再び顔を隠す。
それでも、僕の動揺は収まらなかった。
「な、な、はは……なるほどな。自ら顔を潰したのは、そういう……。すごいな。随分と仕事熱心なんだな」
「……」
「だが、なら尚更聞かせてほしい。お前をそうまでして突き動かす
国際テロ組織・
世界の救済、世界の統合を掲げながら、既存の国際秩序を壊そうと画策する過激派テロ組織。活動は、越境テロであったり、難民への工作であったり、おまけに宇宙空間での破壊活動など、一見ただの無法者で主義主張は薄いように思える。
だが、そのどれにも、国際社会は具体的な打開策を打ち出せていない。そのうち、国家という枠組みそのものが、
いわば主権国家体制の限界。主権国家体制の宿題。それを
「お前も、国に大切な人を奪われたのか? その恨みが、お前を突き動かしてるのか? なら……分かるよ。でも、それが顔を消す理由になるのか? もし、
「……」
いったい
体温のない仮面。どこまでも無表情で、無機質でさえあって、何も感じさせない。そのうち、白い衣の彼は、まるで透明な存在であるかのように思えて来る。ただひたすらに虚ろ。彼は伽藍洞だった。
「
「じゃあ……どうして……?」
「
「……」
言っている意味が分からなかった。これだけのことをしているのに、たくさんの人を殺しているのに、これからも殺すかもしれないのに、その目的はありません――そう言っているようにしか聞こえなかったからだ。
それこそ自分の顔を潰してまで、任務を達成するような人物だ。いったいどれだけ、崇高な理念を目の前にして、それに酩酊しているのかと――狂信的な人物なのかと思っていた。だからこそ、どんな夢を見たのか。そうまでして叶えたい理想とはなんなのか、僕は聞きたかった。
でも、その答えは。
たまたま?
「お前は強い人間だ。やりたいことに向かって挑戦できる。詰らない現実を変える力もある。でも、俺はそうじゃない。いいや、俺たちと言い換えるべきかもな。俺たちはいつも、世界に否定されている」
「何を……言ってる? 否定してるのはお前の方――」
「簡単なんだよ。自分のいない世界を想像するのが。簡単にできてしまう。たとえ自分に座りたい席があったとしても、別の奴が座る姿が目に浮かぶ。俺が居なくなっても、別の奴が補充される未来が目に浮かぶ。なら? 生きる理由を自分から探す方が馬鹿らしくないか?」
その上で「普通に生きる道もあったんじゃないか?」という僕の問いかけに、
「普通に生きる道に『ご縁がありませんでした』と言われた。そして、たまたま
「……じゃあ、お前は世界に復――」
「そんな気力ねぇよ。ご縁があった。収まるところに収まった。ただ、それだけだ。人生プラン? モデルケース? 将来像? どうせ、運命とやらには翻弄されるんだし、それに死ぬときは死ぬんだろ? なら、考えても仕方ないことを考えたって、どうしようもないだろ?」
大きな溜息。
それが、
「目の前のことをひとつずつ。ただ
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