第28話

「まさか、この学園が救済RI合党Pの拠点になってたなんて……」



 

 常泉じょうせんに連れられてきたのは、生徒会室だった。傍目から見れば、特にどうということはない。学園内で僕の監視にあたっている公安たちも、特に気にする様子はない。生徒会顧問と生徒会長に連れられて、生徒会室に入ったとしか思わないだろう。


 だが、問題はその先にあった。


 常泉じょうせんは本棚の前に立つと、鼻歌を唄いながら宙に触れる。目の前に投影されるのはキーボード。それで、パスワードを打ち込むと、本棚が静かにスライドして地下に続く通路が現れたものだから驚いた。


 郁翔いくとはハンドガンをちらつかせて、無言のうちに早く降りるように僕に指示するが、言われるまでもなく常泉じょうせんの後に続く。



「それで? 僕に何をさせるつもりなんだ? まさか、施設案内がしたいだけじゃないだろうな」



 地下へと続く階段をくだる。


 螺旋状の階段は、おおよそ高さにすれば三階分だろうか。少し長めの階段は、等間隔に配置された青白い電灯に照らされ、研究施設を彷彿とさせる。とはいえ、この学園自体がカモフラージュというには、地下施設だけ妙に新しさを感じる。それこそ、ここ二~三年以内に増築されたといったところだろう。


 

「ふふっ。すぐに分かるよ」



 階段をくだりきると、少しだけ長い通路となっていた。二十メートルくらいの近代的な廊下。床からの光源が照らす先には、両引きのスライド扉がある。



「言っておくけど、僕だけがいても〈アストラル・クレスト〉の衛星や機器の操作はできないぞ。お前らに協力するにしても、スタッフはどうするんだ?」

「いいや。基本的に君は〈アストラル・クレスト〉のシステムのアクセス権だけ譲渡してくれればいい。要するに乗り物だけ貸してくれればいいんだ。後は、ボクらでやるからね」



 ふふんと、鼻を鳴らす常泉じょうせん。そんなことをしているうちに、扉の前までたどり着く。先ほどと同じように、パスワードを打ち込むと、シューっと扉が開いた。



「……なッ!」



 僕は飛び込んできた光景に、思わず驚きの声を上げた。


 開けた空間。壁に並べられた電子機器。高い天井では、ホログラム投影された地球を模した球体が浮かんでおり、その周りを人工衛星と思しきアイコンが周遊している。そして、最も驚いたのは部屋の中央に並べられた数台の卵型のカプセル。


 そこはまるで〈アストラル・クレスト〉の二十一号室。足を踏み入れた瞬間、空間転移異でもしたんじゃないかと錯覚してしまうほどには、瓜二つの構造が、目の前に再現されていた。




 *****




「この技術を、いったいどこで?」



 思わず僕は常泉じょうせんに詰め寄っていた。その反応が面白かったのか、常泉じょうせんは自分の顎を撫でては、ニタリと笑う。まるで、興味を持ってくれて嬉しいよと言いたげな目。あるいは、パクったのは君たちの方だと言いたげだったかもしれない。



「驚いているのは、ボクたちの方さ。鈴音りんね氏こそ、どうやってこれほどの施設を用意できたか知りたいねぇ。いやいや、本当にビックリしたんだよ? 〈リモートウォーカー〉は天下の日神ひのかみ重工との開発協力の賜物。通信技術は千野せんのアカシックリンク・ホールディングスとの提携によるもの。彼らの首を縦に振らせるとは、流石は天代あましろの名前だよ」

「……」

「それとも、鈴音りんね氏の魅力に惹かれたのか。ふふふっ。内通者を使ってチマチマ技術を盗んできたボクたちからすれば、君は本当に



 救済RI合党Pと〈アストラル・クレスト〉。理念や手段は違うが、辿り着いた方法は同じであることに愕然とする。技術取得先が日神ひのかみ千野せんのであることは、百歩譲ってまだ分かる。どちらも、天代あましろと並ぶ三大財閥であり、世界的なブランドでもあるからだ。だが、カプセルの技術まで酷似しているとなると――


 泥棒。盗作。卑怯な犯罪者。……いくつもの罵倒の言葉が、思い浮かぶ。だが、思い浮かんだ途端に、その言葉は僕に突き刺さる。


 ただの女の子が、天代あましろの名を冠しているとはいえ、日神ひのかみ千野せんのが相手をしてくれるわけがない。だからこそ、僕は自分のを存分に使うことにした。占いという形で、彼らに有利な未来を提示することで、契約にこぎつける。時には、インサイダー取引紛いのこともした。――つまり、僕はシロじゃない。


 それに、カプセルの案にしたってオリジナルじゃない。元々の始まりは、僕のお姉ちゃん――天代あましろ叶和とわの落書きだ。これで宇宙に行くんだと、最初こそ子どもにありがちな自由な発想だと、お父さんもお母さんも微笑ましく見ていた。


 けれど、お姉ちゃんは、本物の天才だった。落書きした後の数日間は、お父さんの書斎に引きこもっては、各種論文を読み漁ったり、自らもデータ処理をおこない、ついには完璧な設計図を作り上げてしまった。お姉ちゃんが残した規格。僕はそれを形にしただけに過ぎない。だから、救済RI合党Pに対して「盗作」だと口が裂けても言えない。お姉ちゃんがもう居ないのをいいことに、盗作したのは僕の方なのだ。



「じゃあ、ここから世界中でテロを? 〈リモートウォーカー〉を使って?」

「限定的にだけどな」



 答えたのは郁翔いくとだった。



「〈リモートウォーカー〉の動力の確保や、通信面の安定性を考慮すると、やはりインフラが整ってる場所でしかまだ十分には活動できない。下手に戦場のど真ん中で止まって、鹵獲でもされたら技術的な占有が崩れかねないからな――」



 そこで常泉じょうせんは、「そんなこともあろうかと、認証キーを持たない者が開こうとすると、自爆するシステムにしているんだけどね」などと口を挟む。郁翔いくとは特に反応せず、無視をした。



「――それに、お前なら分かると思うが、〈リモートウォーカー〉を国境間で移動させるにもコストがかかる。資金の面でも、労力の面でもな。一台当たりの単価もでかい。量産体制が整うまでは、人力を頼るしかない」

「へぇ。なら、量産体制が整えば、ロボットで自爆特攻ができるようになるな」

「皮肉が得意なんだな」

「いや。いまのは割と本心かな。少なくとも、ミスって大気圏ダイブをするような使い方をされるかは、何倍も有用な使い方だ。……それでこれまでに、二機の貴重な機体が蒸発したよ」

「惜しい機体をなくしたな」

「ああ。本当に困った先輩だよ。――でもこれで、解雇できる理由ができたかな」



 僕はタロットカードを取り出して、目を閉じながらシャッフルをする。そうして、僕の行く道を教えてくれと、心のなかで唱えながら、一枚を取り出した。出てきたカードは、意外と言うべきか、やはりと言うべきか、思わずくすりと笑ってしまう。


 大アルカナ十三番。

 『DEATH』。



「いいよ。引き受けよう。存外、僕は悪役の方が似合ってるかもしれないな」







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