第27話

「おぉっ! 探したよ! こんなところにいたんだね、天代あましろサン!」



 闖入者がやって来た。


 丸メガネをかけた白髪交じりの中年。どこかワザとらしい発声には、苛立ちさえ覚える。全身から漂う胡散臭さを際立たせる白衣姿。ただでさえ、公安に邪魔されて頭が痛いというのに、ここにきて特大の頭痛の種がやって来た。


 常泉じょうせん史敦ふみあつ


 今日は、そのかたわらに生徒会長まで控えさせている。



「さて! これまでずぅーっとお願いしている件なんだけど、学園祭までの日も近くなってきている。どうしても、君の力が必要なんだ。やってくれるね?」

「その件に関しては、何度も申し上げている通りです。失礼します」

「待て待て待て待てーい! 今日という今日は逃がさないよ! ちゃんと、ボクの目を見て、答えてほしいナ!」



 帰ろうとする僕を、常泉じょうせんは両手を広げて邪魔をする。それを避けようとすれば、小学生の通せんぼよろしく、「ふん! ふん!」と言いながら道を塞いできた。


 助けを求めて、凪咲なぎさ先輩の方を見るが、その姿はいつの間にかなかった。いち早く面倒臭くなることを予感したのだろうか? それとも捜索部隊が来ることを恐れて、場所を移動したのか。いずれにせよ、屋上から飛び降りて逃亡したとしか考えられない消え方に、僕は唖然としてしまう。


 そんなことをしていると、生徒会長が僕の前に進み出る。奥宮おくみや先輩と同じくらいの背だろうか。どっちみち見上げることにはなるが、凪咲なぎさ先輩のような勢いを感じる人でもなければ、風花ふうか先輩のように知性を感じさせるわけでもない。良くも悪くも、どこにでもいそうな「日常」の代表。けれど、「日常」の代表であるというプライドだけは無駄に高そう。要するに、その種の面倒臭さを体現したような風貌だった。



「なぁ。俺たちは学園祭を盛り上げたいんだ。そのために、やれることがあるんなら、なんでもやるつもりだ。この学園の生徒として、協力してほしい」

「……はぁ。そのお気持ちは分かりますが、しかし、その期待には応えかねます。私たちが、いまどんな立場に置かれているのかご存じないのですか?」

「それは知っているよ、天代あましろくん! 色々と大変だったね。けれど、だからこそのチャンスだと思うんだ! このイベントを成功させることで、〈アストラル・クレスト〉の評判も上がるハズだよ!」

「……」



 まるで、話にならない。


 ごちゃごちゃと、二人が正論っぽいものを喋るが、蚊の羽音のようにしか思えない。ただただ鬱陶しくて、しつこくて、不快なだけだ。無駄に口だけは達者で、何を言おうとも「けど」とか「でも」とかが返って来る分、余計に質が悪い。



「もちろん、君だけに負担を負わせるつもりはない! ボクたちは、なんだってやるつもりだ! みんなで協力して、素晴らしいものを作り上げようじゃないか!」

「では、お願いしたいのですが。流れ星に必要となる資材。それはあなたたちでご用意してください。もちろん、衛星軌道上に。落とすのはこちらでやりますので」

「……な、なるほど。分かった! 用意しよう。で? どんなものでもいいのかい? ――例えば。そうだねぇ」



 と、そこで常泉じょうせんの声色が変わった。


 いや、雰囲気が変わったと言うべきだろうか。丸メガネをクイッと持ち上げては、こちらを見つめる常泉じょうせん


 その瞳は、もはや胡散臭かった男のものではない。長く伸びる影のなかに佇む狐狸のように、ただただこちらを見据えてはいた。



「これなんてんだ。祭りには、おあつらえ向きだと思うケド……どうかなぁ?」


 

 パチンと指を鳴らして、宙にディスプレイを浮かべる常泉じょうせん。そこに映し出されていたのは、宇宙空間。そして、中央には宇宙ホテルが浮かんでいた。



「永田町に落とせば、この国を破壊できちゃうかもしれないヤバーい逸品だ。しかも、放射能汚染というオプション付き!」

常泉じょうせん! おまえ……は……」

「ああ、はははっ。皆まで言わなくていいよ、鈴音りんね氏。分かる。分かるとも! 君だって、この国をぶっ壊したいって思ってるんだろう? そうだろう?」



 僕は後退る

 

 ふと、生徒会長の方を見るが、動揺している様子はない。それどころか、まるで画面にノイズが走るかのように姿形が歪むと、白い衣を纏った男に姿を変える。顔はフードで隠していて、表情も読み取れない。


 だが、名前は知っていた。


 かつて、奏人かなめを占った時に、彼が追っていると言った人物。大アルカナ十九番『太陽THE SUN』の逆位置が指し示していたのは――



「――早波はやなみ郁翔いくと……。じゃあ、お前らは救済RI合党P……」

「ああ。世界の救済と統合を願う者。そして、現行の国際秩序を葬る者だ」




 *****




「そうか……なるほど……。じゃあ、お前らが……」



 僕の脳裏に、かつて見た未来視の映像が蘇る。


 破壊された人工物と、あちらこちらに漂う無惨な肉塊。ぽっかりと空いた穴から覗く青い地表面。そして、そんな惨劇を天上で嗤う月。宇宙ホテルとデブリとの衝突によって引き起こされた大量殺人の光景だ。


 ただの偶発的な事故だと思っていた。いや、もしかしたら人為的に引き起こされるんじゃないかと思った日もあった。実際、奏人かなめが身を置いている〈スペース・オプティコン〉の分析結果は、「人為的」だと語っていた。半信半疑ではあったが、それ以上に、〈アストラル・クレスト〉を追い詰めるために用意しただとばかり……



「お前らが、殺したのか!」

「だとしたら?」



 銃声。

 僕は撃たれていた。


 眼前には、郁翔いくとが向ける銃口。予告も、警告も、なにも無く、まるで握手をするような雰囲気のままに取り出しては、トリガーを引いた。放たれた弾丸が、僕の頬をかすめたと気が付いたのは、痛みを感じてからだった。



「ちょちょちょ、早いよぉ~郁翔いくと氏ぃ。ボクたちは会話をしにきたんだよ?」

「喚かれると面倒だ。それに、先生。既に俺らのなら、丁重にお断りされてる。なら、面倒な抵抗をされる前に、動けなくしておいた方が、やりやすくないか?」

「うーむ。それもそうだねぇ。いいよぉ。抵抗するんなら、適当に痛めつけちゃおう。でも、そんなに暴力をチラつかせなくても、少しお話すれば分かってくれるハズなんだ。なんせ、鈴音りんね氏とボクたちの目指す世界は、同じなんだからね」


 

 それから常泉じょうせんは、自分の顎を撫でながら「手段は少々気に食わないかもしれないケド」と付け足しては、撃たれた方とは逆の頬に手を伸ばして撫でてくる。ずるりと、舐められるような不快な感覚。思わず、僕は身を縮めた。



「大丈夫! 君は解放される。一人で抱え込むことはないんだ。苦しむ必要はないんだ。もう、やめよう? 理想を否定されるのは辛かっただろう? 夢を邪魔されて、心が張り裂けそうになっただろう? そんな君は、もうボクたちの救済の対象なんだよ! さぁ、君の無念を一緒に晴らそうじゃないか」

「……知ったようなことを」

「君は、みんなの『日常』を守りたいんだろう?」



 常泉じょうせんは、するりと目の前にディスプレイを持ってくる。と、それまで映し出されていた宇宙ホテルの映像が切り替わり、今度は学園内の映像に切り替わる。一つは射場。もう一つは図書室だ。


 何気ない日常の風景で、弓道部の顧問と図書室の司書が映し出された映像。しかし、一瞬だけ映像が乱れたかと思うと、弓道部の顧問と図書館の司書は、銃を手にする〈リモートウォーカー〉に姿を変える。



「!」

「おっとっとっとー。一瞬、ホログラムが剥がれてしまったな」



 二機の〈リモートウォーカー〉。遠隔操作された機械兵が構える銃口の先には、凪咲なぎさ先輩、風花ふうか先輩、それから奥宮おくみや先輩の姿がある。


 思わず僕は駆け出して、屋上のフェンス越しに射場と図書室にそれぞれ目をやる。と、確かに映像と同じ位置で、同じポーズをした弓道部の顧問と図書室の司書が控えている。



「そんな血相を変えなくても大丈夫! 本物の顧問と司書なら無事だし、君の大切な人たちに手を出すつもりもないよぉ。無関係な人を巻き込みたくないのはボクとて同じ。みんなにも、それぞれ掛け替えのない時間、大切にしたい生活、謳歌したい青春があるんだ。それを邪魔する権利は誰にも無い」

「どの口が……」



 反論。


 それは、郁翔いくとが向ける銃口によって制される。



鈴音りんね氏。君は、こんな場所に居ていい人間じゃない。そもそも、彼らとは次元の違う世界の人間なんだ。なら、もう関わるのはやめようじゃないか? そっとしておいてあげようじゃないか?」

「……だ……だからって言って、人殺しをしろっていうのか? 言ってることが矛盾してる! 無関係な人たちを巻き込みたくないんなら――」

「へぇ」



 ニタリ、と常泉じょうせんは口角を上げた。


 そして、ディスプレイを複数展開する。そこに映し出されるのは、国会議員や官僚たち。そのなかには雨沼うぬまのような退屈そうにしている顔もあれば、宇宙ホテルで死んで、もう口も開けない男の姿も映っている。



「君には、これがに見えるのかい? それに、はははっ。だってぇ? 笑っちゃうよぉ。コイツ等は、君のお姉さんを海外で見捨てた当事者たちじゃないか!」



 ドクン、と。

 心臓が音を立てて拍動した。


 蘇るのは一枚の家族写真。僕と、お姉ちゃんと、お母さんが笑顔で海外旅行をしている様子を、お父さんが撮ってくれたもの。ただただ幸せ。それが、次の瞬間に起きた事件で絶望に突き落とされた。



「そうだ……ははっ……。そうだよ、先生。先生の言う通りだ」

「うんうん!」

「思い出したよ。この国は……お姉ちゃんを助けてくれなかった」







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