第27話
「おぉっ! 探したよ! こんなところにいたんだね、
闖入者がやって来た。
丸メガネをかけた白髪交じりの中年。どこかワザとらしい発声には、苛立ちさえ覚える。全身から漂う胡散臭さを際立たせる白衣姿。ただでさえ、公安に邪魔されて頭が痛いというのに、ここにきて特大の頭痛の種がやって来た。
今日は、その
「さて! これまでずぅーっとお願いしている件なんだけど、学園祭までの日も近くなってきている。どうしても、君の力が必要なんだ。やってくれるね?」
「その件に関しては、何度も申し上げている通りです。失礼します」
「待て待て待て待てーい! 今日という今日は逃がさないよ! ちゃんと、ボクの目を見て、答えてほしいナ!」
帰ろうとする僕を、
助けを求めて、
そんなことをしていると、生徒会長が僕の前に進み出る。
「なぁ。俺たちは学園祭を盛り上げたいんだ。そのために、やれることがあるんなら、なんでもやるつもりだ。この学園の生徒として、協力してほしい」
「……はぁ。そのお気持ちは分かりますが、しかし、その期待には応えかねます。私たちが、いまどんな立場に置かれているのかご存じないのですか?」
「それは知っているよ、
「……」
まるで、話にならない。
ごちゃごちゃと、二人が正論っぽいものを喋るが、蚊の羽音のようにしか思えない。ただただ鬱陶しくて、しつこくて、不快なだけだ。無駄に口だけは達者で、何を言おうとも「けど」とか「でも」とかが返って来る分、余計に質が悪い。
「もちろん、君だけに負担を負わせるつもりはない! ボクたちは、なんだってやるつもりだ! みんなで協力して、素晴らしいものを作り上げようじゃないか!」
「では、お願いしたいのですが。流れ星に必要となる資材。それはあなたたちでご用意してください。もちろん、衛星軌道上に。落とすのはこちらでやりますので」
「……な、なるほど。分かった! 用意しよう。で? どんなものでもいいのかい? ――例えば。そうだねぇ」
と、そこで
いや、雰囲気が変わったと言うべきだろうか。丸メガネをクイッと持ち上げては、こちらを見つめる
その瞳は、もはや胡散臭かった男のものではない。長く伸びる影のなかに佇む狐狸のように、ただただこちらを見据えては嗤っていた。
「これなんて用意してみたんだ。祭りには、お
パチンと指を鳴らして、宙にディスプレイを浮かべる
「永田町に落とせば、この国を破壊できちゃうかもしれないヤバーい逸品だ。しかも、放射能汚染というオプション付き!」
「
「ああ、はははっ。皆まで言わなくていいよ、
僕は後退る
ふと、生徒会長の方を見るが、動揺している様子はない。それどころか、まるで画面にノイズが走るかのように姿形が歪むと、白い衣を纏った男に姿を変える。顔はフードで隠していて、表情も読み取れない。
だが、名前は知っていた。
かつて、
「――
「ああ。世界の救済と統合を願う者。そして、現行の国際秩序を葬る者だ」
*****
「そうか……なるほど……。じゃあ、お前らが……」
僕の脳裏に、かつて見た未来視の映像が蘇る。
破壊された人工物と、あちらこちらに漂う無惨な肉塊。ぽっかりと空いた穴から覗く青い地表面。そして、そんな惨劇を天上で嗤う月。宇宙ホテルとデブリとの衝突によって引き起こされた大量殺人の光景だ。
ただの偶発的な事故だと思っていた。いや、もしかしたら人為的に引き起こされるんじゃないかと思った日もあった。実際、
「お前らが、殺したのか!」
「だとしたら?」
銃声。
僕は撃たれていた。
眼前には、
「ちょちょちょ、早いよぉ~
「喚かれると面倒だ。それに、先生。既に俺らのお願いなら、丁重にお断りされてる。なら、面倒な抵抗をされる前に、動けなくしておいた方が、やりやすくないか?」
「うーむ。それもそうだねぇ。いいよぉ。抵抗するんなら、適当に痛めつけちゃおう。でも、そんなに暴力をチラつかせなくても、少しお話すれば分かってくれるハズなんだ。なんせ、
それから
「大丈夫! 君は解放される。一人で抱え込むことはないんだ。苦しむ必要はないんだ。もう、やめよう? 理想を否定されるのは辛かっただろう? 夢を邪魔されて、心が張り裂けそうになっただろう? そんな君は、もうボクたちの救済の対象なんだよ! さぁ、君の無念を一緒に晴らそうじゃないか」
「……知ったようなことを」
「君は、みんなの『日常』を守りたいんだろう?」
何気ない日常の風景で、弓道部の顧問と図書室の司書が映し出された映像。しかし、一瞬だけ映像が乱れたかと思うと、弓道部の顧問と図書館の司書は、銃を手にする〈リモートウォーカー〉に姿を変える。
「!」
「おっとっとっとー。一瞬、ホログラムが剥がれてしまったな」
二機の〈リモートウォーカー〉。遠隔操作された機械兵が構える銃口の先には、
思わず僕は駆け出して、屋上のフェンス越しに射場と図書室にそれぞれ目をやる。と、確かに映像と同じ位置で、同じポーズをした弓道部の顧問と図書室の司書が控えている。
「そんな血相を変えなくても大丈夫! 本物の顧問と司書なら無事だし、君の大切な人たちに手を出すつもりもないよぉ。無関係な人を巻き込みたくないのはボクとて同じ。みんなにも、それぞれ掛け替えのない時間、大切にしたい生活、謳歌したい青春があるんだ。それを邪魔する権利は誰にも無い」
「どの口が……」
反論。
それは、
「
「……だ……だからって言って、人殺しをしろっていうのか? 言ってることが矛盾してる! 無関係な人たちを巻き込みたくないんなら――」
「へぇ」
ニタリ、と
そして、ディスプレイを複数展開する。そこに映し出されるのは、国会議員や官僚たち。そのなかには
「君には、これが人に見えるのかい? それに、はははっ。無関係な人だってぇ? 笑っちゃうよぉ。コイツ等は、君のお姉さんを海外で見捨てた当事者たちじゃないか!」
ドクン、と。
心臓が音を立てて拍動した。
蘇るのは一枚の家族写真。僕と、お姉ちゃんと、お母さんが笑顔で海外旅行をしている様子を、お父さんが撮ってくれたもの。ただただ幸せ。それが、次の瞬間に起きた事件で絶望に突き落とされた。
「そうだ……ははっ……。そうだよ、先生。先生の言う通りだ」
「うんうん!」
「思い出したよ。この国は……お姉ちゃんを助けてくれなかった」
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