Ⅵ 勝手に終わらせんな。
第26話
あれから、
その日の放課後、僕は屋上にいた。何をするわけでもない。ただ、風にあたりながら向かいの校舎を眺める。
ぼーっとする。そのつもり。そのハズなのに、いつのまにか
けれど、すぐに僕はそんな自分が嫌になる。
「……はぁ。なにやってんだよ。これじゃあ、ただのストーカーだ」
額をフェンスに当てる。
聞こえてくるのは、部活の音。グラウンドで甲高く響く金属音。ホイッスル。そこに体育館からの音も聞こえて来る。それから、下手くそなサックスの音も。時折、破裂音にも似た音が響いて来るが、それは
色んな音が混じり合う空間にあって、それらを展望しているようで、一種の優越感を味わう。
けれど、そこに自分の音はない。図書室にも、グラウンドにも、体育館にも、教室にも、廊下にも、僕の姿はない。僕のいない学校。僕のいない世界。それが、歴然として目の前にある。そう意識した時、目の前のフェンスは忽ち檻に変わってしまう。
ここは
ゴールデンウィークが明け、生徒会室の前には「学園祭まで三十日!」の看板が出現していた。生徒会室への人の出入りはこれからますます増えていくだろう。それはやがて周りに波及して、あたりは学園祭の色に染まっていくだろう。放課後に聞こえる音も、合唱練習や演劇練習に変わり、
けれども、そこに僕はいるのだろうか?
「なーにしてんの?」
不意に、背後から声が聞こえた。
そんなことをしているうちに、
「いやー、めっきり寂しくなっちゃったねー。またみんなで〈アストラル・クレスト〉やれる日は来るんかなぁ……」
「……」
僕は顔を伏せながら、中庭に目をやる。そこには、公安の姿。いいや、中庭だけではない。
「にしても、やることエグいよねー。週刊誌に『〈アストラル・クレスト〉は
週刊誌の報道は、
反応したのは世論だ。最初こそ、決定的な証拠を出さない週刊誌に疑問の声が寄せられたが、
なんでそんなことを?
誰もが思った疑問。それにいち早く気が付いていたのは、
「いや……。もう何を恨めばいいのかさえ分からないよ」
ヒントは、あの日におこなわれた首相の声明のなかにあった。その主な内容は三つ。一つ目は、事故の原因究明に向け速やかに調査委員会を立ち上げること。二つ目は、各国・関係機関と連携しながら、事故被害者の遺体の回収をおこなうこと。三つ目は、宇宙ホテルを衛星軌道上から退去させるために適切な処置を速やかに実施するとのものだ。ここから、〈アストラル・クレスト〉は三つ目を担当すればいいと、それしか見えていなかった。
見方を変える必要があった。
一つ目を担当するのが公安だ。だが、彼らからすれば三つ目をやられては困る。だって、現場を調査する前に、現場を掃除されてしまうのだ。場合によっては、現場自体を消してしまいかねない。そうなると調査どころではない。仕事泥棒もいいところだ。
しかも、
だから、宇宙ホテル事故には、事件性があると判断を下した。それにもかかわらず、早々に宇宙ホテルを衛星軌道上から除去しようとするのは、なにかを隠蔽しようとしているからに違いない――そんなロジックを作り上げた。〈アストラル・クレスト〉は、裏で
なんとしてでも、〈アストラル・クレスト〉を表舞台から葬りたい意図が見え見えだと
「ゴシップで済めばいいけどね。外堀から埋めて、事実関係すら書き換えるつもりだ。……いっそのこと、嘘から出た
「おっ? じゃあ、いっちょ国家転覆しちゃう?」
ピクニックかなにかと同じノリで提案されるものだから、大きな溜息が出る。が、吐き出してみれば、それもアリかなと思えてしまう自分もいる。おまけに、頭のなかではもう一人の自分が「とっくの昔に、この国には愛想が尽きてるんだろう?」と呟いている。やろうと思えば、やれるかもしれないし、
しかし、それ以上に、罪悪感が勝る。
僕が先輩を巻き込んでしまった。公安の監視の目は、僕だけに向けられているものではない。図書室に向かって手を振る
「……
「うん?」
「それはそうと、部活は大丈夫か? 抜けてきたようだけど……」
「休憩時間だから大丈夫よー」
「……」
射場の方を見ると、なんだか慌ただしい。遠くていまいち聞き取れない部分も多いが、「アイツ、どこ行きやがったァっ!」とか、「探せー! 捜索隊を編成しろ!」とか尋常ではないやり取りがなされている。明らかに、部活中に無断で抜け出した部員をとっちめてやると息巻いている様子だ。
極めつけは、「
「僕が思うに……先輩には戻るべき場所があるんじゃない?」
「さぁ? 私は私の行きたい場所に行くだけだよ」
「……」
「ほらっ!
射場の異変に、
「……どう考えても、『戻れ』と言ってないか?」
「あれはね……えっと……、多分、『物事の本質が現実世界に在る』ことを言いたいんじゃないかな? ほら、似たような仕草を絵画のなかでアリストテレスがやってた」
「なら、君はソクラテスか? 生憎、ここはイデア界じゃないんだが?」
「そうだね。ひょっとしたら、洞窟のなかかも」
半分冗談で言ったのだろう。
けれども、
「なんで、
「……」
気になった人だったから。なんて、ありきたりな答えを返しそうになって、僕は言葉を飲み込んだ。
でも、そうしようとすればするほど、言葉が出てこない。そのまま、一秒が過ぎ、二秒が過ぎ……言語化して、言葉を束ねようとすればするほどに、手から流れ落ちてしまうように、消えていく。そして、虚しい時間だけが過ぎる。
「……分らなく……なっちゃいました」
最後に交換日記を書いてから、もうどれくらい経つだろう。あれから、返事はまだないままだ。
最初は、僕が
けれども
〈
――で?
本気で聞かれたから、困ってしまった。
「ねぇ、
「んー?」
「あの人は、僕の知ってる
押し付けられた
ところが、知れば知るほど不思議な人だった。すごく優しいのに、冷酷にもなれる。共感能力が高いのに、酷く鈍感。物覚えがいいのに、忘れっぽい。まるで、捉えどころがない。
極め付けは、占おうとしても、いつもダブって未来が見えたことだ。まるで二人いるような不思議な光景。味わったことのない感覚は、たちまち僕を虜にしてしまった。
けれど……。
いまはそれが、なんだか怖い。
「
僕はポケットのなかのタロットカードを握りしめる。襲撃を受けて以来、未来が見えなくなってしまった。僕の異能力が失われたというわけではない。カードを引いても矛盾する結果ばかり。
未来の光景が、収束しない。
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