第18話

「よろしく頼むよ」



 奏人かなめは身を乗り出すと、顔の前で手を組んでマットの上を注視する。そこへ鈴音りんねが山札から取り出した五枚のカードがV字に配置される。と、鈴音りんねはしばらく考え込むような素振りをしてから、もう一枚カードを取り出して配置した。


 鈴音りんねから見たらA字。奏人かなめから見ればV字に置かれたカードたち。いずれもまだ裏返しの状態になっている。



「これは運命の分かれ道を示している。お前から見て一番手前のカードが、いまのお前の状態を示したカード。左の道がお前の言うを捕まえようとした時に訪れる未来。右の道が静観した時に訪れる未来だ。それぞれ、手前がその選択肢の性格、奥が選択をした結果だ」

「なるほどね。もう一枚は?」

「これは、私の個人的な興味だ。お前が追いかけている人物像を知りたくてね」



 言いながら鈴音りんねは最後に置いたカードを開いた。を示していると言われるカードだ。そうかと思えば、まるで裏打ちされたかのように、日が翳ったのか、店内が僅かに暗くなった。



「お前が追ってる人物……どうやらアタリのようだな」

「やっぱりかい?」

「だが……まだ少し分からないな」



 いったい何を読み取ったのだろうか? 鈴音りんねはさらに二枚のカードを山札から取り出しては、補助のカードとして展開した。



「『太陽THE SUN』の逆位置、『ワンドのナイトKNIGHT of WANDS』の逆位置、『カップの5FIVE of CUPS』の正位置か……。喪失感、目標を見出せずにいて、いまの居場所に留まろうとしているが、心の底では現状の変革を望んでいる。だが、決断力や優柔不断なのは、目指すべき自己像が定まっていないから……か? いいや、というより目的が無いからこそ、手段も選びようがない。組織に忠実で、命令はやり遂げるような人物と読んだ方がいいかもしれないな」



 独り言のようにつぶやく鈴音りんね。犯人像を言っているようだが、誰にでも当てはまりそうな言葉だ。とはいえ、鈴音りんねが見ているのは、カードではなくむしろ奏人かなめの反応の方だった。


 奏人かなめは当たっているとも外れているとも言わない。ただ、「う~ん」と興味半分、納得が半分といった反応を見せたことで、鈴音りんねはすべてを読み取ったようだ。



救済RI合党Pのメンバー――早波はなやみ郁翔いくとが関与していると睨んでいるのか?」

「……流石だな。ご名答」



 早波はなやみ郁翔いくと


 それはよく聞く名前だった。


 鈴音りんねはスッと空をなぞると、ディスプレイに国際テロ組織・救済RI合党Pの指名手配犯の顔写真を表示させた。何個かは顔写真の場所が「NO DATA」と空欄だったり、名前の欄がコードネームだったりしている。


 そのうちの一つに白いフードを被った人物がいる。見えているのは口元だけで、表情はおろかどんな顔かたちをしているのか分からない。撮られた画像データも荒い。ただ、本名かはともかく、「早波はなやみ郁翔いくと」と呼ばれていることだけは確かな人物だ。



「こいつは……」



 だが、俺はそいつを見るなり、自分でも分かるほどに心拍数が上がっていくような感覚を覚えた。俺はそいつのことをよく知っていたからだ。思い出されるのは、無惨な光景と、白い衣を身に纏い数多の死骸のなかを周遊する姿。手にはハンドガン。そして、銃口を標的に向けては、冷徹な声を響かせる。



 ――安らかに眠れRest In Peace



 俺の夢に出てきた少年だ。




 *****




「その調子なら、居場所も分かりそうだね?」

「知らないな。むしろ、私が教えてほしいくらいだ。……いや、もう掴んでるんじゃないのか?」

「察しがいいね」


 

 鈴音りんねは、奏人かなめから見て一番手前のカードをめくる。現れたのは獅子と女性が描かれたカードだ。



「大アルカナ8番『STRENGTH』。人に占えとか言っておいてこれだ。もうお前のなかでは結論は出ている。なら、ここには宣戦布告でもしに来たのか?」

「物騒だな。ただ、平和を乱そうとする奴らが許せないだけだよ」

「どの口が。いつも邪魔ばかりするくせに。私としては静観する未来を選んでほしいんだが」



 右側の道が示される。

 手前は『ペンタクルの2TWO of PENTACLES』。

 奥は『隠者THE HERMIT』。



「そらみたことか。静観は柔軟な選択肢だと告げている。内省することこそ重要で、そこから得られるものがあるとな。悪くない未来だ。いいや、むしろ理想的な未来だと思うけどね」

「なるほどね。じゃあ、残虐非道なテロリストである早波はなやみ郁翔いくとを野放しにしろって?」

「私が気に入らないのは、お前らのやり方だ。特に、お前みたいな嘘つきの恥知らずは、正義云々を語る前に自分の腐った性根を叩き直せ」

「それ、もしかして自分に言ってる? 重要なことを隠しているのはお互い様だろ?」

「お前のそういうところが嫌いなんだ」



 そして、左手前のカード――もしもを捕まえるためのアクションを取ったらどうなるのか。カードをめくって現れたのは、八本の杖が勢いよく空から降る絵柄。『ワンドの8EIGHT of WANDS』だった。



「急激に物事が動き始める、だそうだ。そうだろうな。お前らはいつも要らないことしかしない。事態をややこしくするだけだ」

「いいね。で? その結果は?」



 最後に残ったカード。


 それが見たいんだと、奏人かなめはそれまで組んでいた手をほどいて、最後の一枚に視線を注ぐ。選択に迷っているのではない。自分の選ぼうとしている未来に鈴音りんねのお墨付きを得たい。そんな彼の心境が伝わって来る。


 一方で、鈴音りんねはなかなか開かない。それどころか、開くことを躊躇ちゅうちょしているようでもある。ふと、いつになく弱々しく風花ふうかの方に助けを求めるような視線を投げるが、風花ふうか風花ふうかで助け舟の出し様がない。困ってしまった鈴音りんねは、とうとう俯いてしまった。



……なんだか、よくない未来みたいだね。天代あましろ鈴音りんね

「どうだか。お前にとっても望ましい未来かは分からんぞ。なんたって『急展開』のあとに迎える未来だ。混乱や破滅が訪れるのは当然といえば当然のこと。人によっては良いかもしれないし、悪いとも言えるかもしれない」

「結果に責任は持つよ。僕の未来だ」

「口だけは達者だな。ペテン師め」



 鈴音りんねは最後のカードに手を伸ばす。


 開かれたカード。


 それを待っていたかのように、翳っていた太陽が顔を出し、店内に光が蘇る。そして差し込む光が照らし出したのは、白馬に乗った死神の絵柄――大アルカナ十三番の『DEATH』だ。



「へぇ……どちらの未来も大アルカナなのか。それにしても『デス』と『隠者ハーミット』とはね。これは、どちらも魅力的だ。逆に迷ってしまうな」



 悩み始める奏人かなめ。きっとそれは演技なのだろうと思いつつも、俺はまったく別のところに気を取られた。


 マットに開かれたカード。

 『デス』と『隠者ハーミット』。



「……デス……ハーミット」



 それは奇しくも、交換日記の相手が使う名前だった。







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