第17話

「何の用だ?」




 鈴音りんねは明らかに機嫌が悪かった。


 朝から個人鑑定をしてきたことで疲れが見えたのか、あるいは月雲つくも奏人かなめという珍客のせいか。対する奏人かなめは、「そういう言い方は、ないんじゃないか」と、さらりと流しながらふっと笑いかける。


 見た目は爽やかな好青年。しかし、ふとした瞬間に、どこか道化師クラウンを思わせる得体の知れなさが垣間見える。


 いったい何者なんだと訊きたい俺の気持ちが伝わったのだろうか。奏人かなめは胸ポケットから名刺を取り出すと、鈴音りんねの傍に控えていた俺に渡して来た。



月雲つくも奏人かなめ――株式会社〈スペース・オプティコン〉、アソシエト・ディレクター……」

「簡単に言えば、衛星やスペースデブリの位置情報を提供する仕事をしていてね。自分で言うのもなんだけど、御社〈アストラル・クレスト〉のお得意様みたいな感じさ」

「……なるほど」



 名刺をポケットにしまう俺。と、納得しかけたところで、「なにが、なるほどなものか」と鈴音りんねは肘をつきながら手を振るった。



「真に受けるなよ先輩。そいつはホラ吹きのペテン師だ」

「ははは、随分な言いようだね。それにしても、今日はいつもに増して機嫌悪いね。なにか嫌なことでもあった?」

「お前のことだ。分かって訊いてるんだろう?」

「朝のニュースのことだろう? 僕もびっくりしたよ。今日はそれ関連で相談したいことがあって来たのさ」



 チッ、と鈴音りんねの舌打ちをするのが聞こえた。なんだか、いつもの余裕のある鈴音りんねではない。出会ってから日は浅い関係だが、こんなにも感情を剥き出しにする奴だっただろうか?


 困惑しながら、空をなぞってニュースを検索する。


 ただ、どれだろうと探すまでもなかった。トップに躍り出ていたのは「宇宙ホテルで事故、滞在者の生存は絶望的――スペースデブリの衝突が原因か」との見出し。俺は目を丸くしたが、同時に鈴音りんねが不機嫌な理由も理解する。そして、目の前の青年は、まさにそんな鈴音りんねの感情を逆撫でしているところだった。



「ついに恐れていたことが……って感じかな? スペースデブリの衝突が原因らしいけれど、これじゃあ本当に頑張って来た君が報われないよ」

「いいや、むしろいい気味だ。放置し続けたからこうなった。当然の帰結さ。傍観者たちが引き起こした悲劇だ。私がいくら訴えかけようと、出資を渋って来た御社も同罪だ。国も、世界も、誰もが問題に気が付きながら、なにもやろうとしなかった。問題解決に向けて懸命に努力する人たちに、手を差し伸ばして来なかった。そのツケがこれだ」



 そんな言い方しなくても、と思ったが、明らかにいまの鈴音りんねには精神的な余裕がなかった。


 鈴音りんねの言っていることは間違ってない。でも、いまの彼女の言葉からは何も感じない。ただ不平不満を喚いているようにしか見えない。何か冷静になってくれるきっかけがあれば――


 と、そこへ風花ふうかがやって来た。


 トレイには、ホットココアとバームクーヘン。「お疲れ様」と言うと、鈴音りんねの前に置く。それから、「休憩入ります」と言ったかと思うと鈴音りんねの隣に座った。



「あ……あぁ。ありがとう、風花ふうか先輩」

「根詰めすぎ。それに今回のことは鈴音りんねの責任じゃない」

「でも……」

「やれることはやったよ」



 それが引き金だった。風花ふうかの言葉で、何かがこと切れたのだろう。唇を震わせ始めたかと思うと、表情を歪ませたまま、鈴音りんね風花ふうかの胸元に飛び込んだ。


 よしよし、と抱擁する風花ふうか。やがて、鼻をすする音と言葉にならない声が聞こえて来る。




「防げなかった……!」



 鈴音りんねは泣いていた。



 俺はというと、ただ戸惑うことしかできなかった。確かに、聞く限りでは宇宙ホテルの事故は、予測できたのかもしれない。それを防ごうと必死になっていた気持ちも理解できる。


 でも、なぜ泣くほどのことなのだろうか。少なくとも、普段の鈴音りんねからは想像できない。なにが彼女をそうさせているのか。


 ただ、この場にいる俺以外は、その理由を知っているようだった。風花ふうかは、鈴音りんねを優しく包み込みながらも、奏人かなめに対しては鋭い視線を投げかけた。

 


「それで、ご用件はなんでしょう? 月雲つくもさん」



 対して、奏人かなめはどうかと言えば、彼もまた沈んだ表情をしていた。嫌なものを見た。泣かせるつもりじゃなかったんだけど。そんな言葉が聞こえて来そうだった。



「僕はなにも虐めに来たわけじゃない。相談があって来たって言ってるだろ。……あー、もう調子が狂う。僕だって、君たちの理念には共感している立場だ」

「……」

「でも……。いや、だからこそ言って欲しかった。――天代あましろ鈴音りんね。その反応から察するに、君は見たんだろ? 宇宙ホテルが事故を起こす未来を。的中率九〇%を誇るその〈未来観測の能力チカラ〉で」




 *****




「未来視……? 的中率九〇%……?」



 にわかには信じられなかった。


 だが同時に、パズルのピースがはまったような感覚になる。かなり強気の価格設定で、占いをしている理由も。それで商売をして収益が見込める理由も。普段の何もかも見透かしたかのような言動の理由も。〈アストラル・クレスト〉の運営をこなせる理由も。そしてなにより、スペースデブリ除去に躍起になる理由も。


 もしも、天代あましろ鈴音りんねが高精度の未来視の持ち主であるのなら――超能力者なのだとしたら、すべてに説明がつく。


 と、それまで風花ふうかの胸に顔をうずめていた鈴音りんねは、顔を起こして奏人かなめをキッと睨んだ。



「言っただろ! 何度も、何度も、何度も、何度もッ! いずれスペースデブリがたくさんの人の命を奪うことになるって! 忠告は何度もした――」

「落ち着いて」



 癇癪を起し始めた鈴音りんねだったが、風花ふうかに制されると、唇を噛みながらも視線を奏人かなめから外す。それから、風花ふうかが持ってきたココアが目に入ると、落ち着かせるためかカイロ代わりにマグカップを手にする。


 そんな鈴音りんねを横目に、風花ふうか奏人かなめに話を続けるように目で促した。



「どこから話そうか……。そうだな。落ち付いて聞いてほしいんだが、僕たちは報じられた事件に懐疑的だ」

「というと?」

「宇宙ホテルに衝突したデブリの軌道を分析したんだ。その結果、デブリの衝突は意図的に引き起こされたんじゃないかと、いまのところ弊社は、そう結論付けている」

「なるほど。では、その犯人を見つけるために手がかりを知りたくて来たと?」

「話が早くて助かるよ、湖上こじょうさん」



 そう言って、ほほ笑む奏人かなめ。まさに、爽やかな好青年といった感じなのだが、本能的に警戒心を抱いてしまう。順番待ちをしていた時に垣間見えた、どこか得体の知れない恐ろしさもそうだが、鈴音りんねが「ペテン師」と言ったこと、そして、「月雲つくも」の姓が頭から離れない。


 月に雲。

 まるで真実を隠しているような。

 朧げで掴みどころがない。


 なにより、鈴音りんねは明らかに奏人かなめのことを嫌っているようだった。手がかりが知りたいという奏人かなめに対し、袖で顔を拭いながら「帰れ」と仕草する。



「当てがハズれたな。犯人? 知らないよ。事故じゃないんなら、なぜそう報道しない? 事を荒立てたいだけだろ? たとえ、仕組まれた事故だとしても、どうせ救済RI合党Pとかいうロクでもない連中の仕業だろ。私たちの出る幕じゃな――」

「言いにくいけど、僕は少し〈アストラル・クレスト〉を疑っていた」



 平然と言った。


 表情を固める鈴音りんね。最初、何を言われたのか分からないと惚けていたが、言われた言葉の意味を飲み込むと、誰の目にも分かるくらいに顔を真っ赤にして机を勢いよく叩いた。


 それから、鈴音りんね奏人かなめに殴りかかる勢いで、前のめりになる。その一方で、風花ふうかはもう止めるのに疲れたのだろう。「この人は鈴音りんねをイラつかせることしかできないのか」と言わんばかりに、頭を抱えて溜息を吐いた。



「なんでそ――」

「きちんとした証拠はない。でも、今回の一件で君たちは少なくとも得をしてる側なんだ。実際、この騒動に乗じて〈アストラル・クレスト〉の株価は上がっている。そうだろ? でも、まぁ……うん」

「――それで、鈴音りんねの反応を確かめたくて来たと? 悪趣味ですね」



 最初、風花ふうかが言ったかと思った。でも、鈴音りんねも、奏人かなめも、そして当の風花ふうかも驚いたように、一斉に俺の方を見る。一番驚いたのは俺だった。――俺が言っていた。


 ぽかんとする鈴音りんね。静かに目を閉じる風花ふうか。口を挟んでしまったのは良くなかったと思いつつも、なんだか許せなかった。口を出してしまったからにはひるんではいけない。それで、奏人かなめの方を睨もうとするが、返って来たのは穏やかな表情。それでまた、調子を狂わされる。


 いや、どうだろう? 同時に、瞳の奥からは「次はお前だぞ」と声が聞こえてくるような気もする。とことん読めない人物像に、変な汗が頬をつたった。でも、単なる思い違いかもしれないと思えるほどに、たった一瞬の出来事でもあった。奏人かなめはすぐに鈴音りんねに向き直る。



「そう。だから、ここに来た目的の四分の二くらいはもう果たしてるんだ」

「約分しろ……。くそ……あと二個も付き合わされるのか」

「実は、犯人の目星はついてる。でも、決定的な証拠がなくてね」

「お前のくだらん推理の犠牲者だ。そいつも冤罪だろ」

「うん。そうかもしれない。だから、いま動くべきか、そうでないかを占ってほしい」

「お前は出しゃばるな。余計にややこしくなる。以上だ」

「動かないと第二第三の犯行が起こるかもしれない。それでもいいのかな? さっき君は、僕のことを傍観者呼ばわり――」

「ああっ、もう! うるさい! 分かった、見ればいいんだろ、見れば! その分はちゃんと払ってもらう!」



 それを聞いて、ニコリと笑う奏人かなめ鈴音りんねはというとココアをぐびっと飲み干すと、タロットカードをシャッフルし始めた。


 占いを見るのは初めてだった。渦を描くように混ぜられるカード。その中心に運命の行く末を見定めようとする鈴音りんね。カードがマットの上を走る音と、カードどうしが擦れる音だけが響き、見ているだけの俺も緊張し始める。


 机いっぱいに広がった運命。

 渦を巻き、あるいは重なり合い。

 一つに収束していく。


 最後に、トントンという音とともに一つの山札にまとめられて、準備が完了する。先ほどまで感情をむき出しにしていた鈴音りんねの姿はない。ただ無心に、まとめられた山札を見つめたかと思うと、数秒目を閉じてから、すっと奏人かなめへと顔を起こした。



「では、はじめよう」







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