第15話
「おっはよー!」
〈占い喫茶・
カランコロンと鳴り響くベル。
ふわりと漂うコーヒーの芳純な香り。
木目を基調とした温かな空間。
相変わらず、
「引っ張ることないだろ」
「店の前で入るかどうかウロウロするからじゃん。じゃ早速、今日もよろしくね!」
「お、おう。……って言われても何すればいいんだ?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
少しばかり首をかしげる
「はい、これ」
かと思えば、どこから取り出したのか、次の瞬間、白いシャツ、エプロン、それから「研修中」のプレートの一式が手渡される。ただただ、戸惑ってばかりの俺に、「飲み込みが早い
「ちょ、ちょっと、待ってくれ!」
「およ?」
「これに……着替えるのか?」
「そう! いいでしょー、これ!」
くるりと回転してみせる
いや、そんなことを言っている場合ではない。
「待て待て待て! なんで俺が? 今日、俺は
「え? 喫茶店で
「そういうこと言ってんじゃねぇよ! 喫茶店で働くのが、〈アストラル・クレスト〉の仕事なのか?」
「うん!」
「う……うん?」
元気よく返事をされて、わけが分からなくなる俺。そんな俺に
「ほら、〈アストラル・クレスト〉ってさ、私たちが働けば働くほど、帳簿は赤くなっていくだけじゃん? 出資を募ったり、色々やってはいるけど、毎日毎日稼働させるわけにはいかないんだよねー」
「副業的に何かする必要があると?」
「そゆこと! まぁ、副業というか二足の
改めて、店内を見渡す。
最初は気が付かなかったが、店内のいたるところに〈アストラル・クレスト〉のポスターが掲示されていたり、メニューにも宇宙にちなむものがあったりする。なんなら店のマークも「一筆書きされた三つのジグザグの山」。星を繋げた〈アストラル・クレスト〉のロゴと雰囲気が似ていたりと、言われてみれば同じ系列だと分かる。
それから店の造り自体も、どこか既視感を覚える。窓から差し込む穏やかな陽気と店内で流れるジャズとを、吹き抜けで吊るされたファンがゆっくりとかき混ぜていく。そんな優しげな雰囲気も、どこか
そして極めつけは、一階の隅のスペースだ。一箇所だけ独特なオーラを放つブース。俺を呼びつけた
「大丈夫か……この組織……」
「?」
あまり儲けになる……とは思えない。
「と、そういうわけだから
「いや、そんなんで納得できるか」
「まあまあ、不満は後で聞くからさ。騙されたと思って、とりあえず着替えよっ」
「実際に騙してんだろうが」
「じゃあ、本業から左遷されたと思って」
「余計タチ悪いわ」
ねっ、ねっ、と距離を詰めてくる
着替えさせたい
――強制脱衣。
記憶と共にフラッシュバックしたその四文字が、バックステップを踏ませた。そして、手渡されたユニフォーム一式を前方に放り投げては、
「うおっ!」
穏やかな場を割く驚嘆の声。俺の着地音も相まって、再び周囲の視線を集めることになったが、気にしている場合ではない。
突然の出来事に「ちょ、なに?」と困惑の様子を見せる
「――ねぇ、何やってんの?」
途端。
空気が凍りついた。
背後から響いた冴えた声に、俺は突き刺されて動けなくなる。よく知っている人の声。それなのに、別人のように冷たく鋭い。振り返らずとも、睨まれているのが伝わってきた。
「……どうして、ここに?」
「それはこっちのセリフなんだけど?」
恐る恐る視線を向ける俺。目に飛び込んでくるのは、薄墨色のエプロンを着た仏頂面のポニーテールの幼馴染。
*****
「
なぜ、
一方の
「じゃあ、とりあえず着替えて。バックヤードはあっち。ロッカーは特に決まってないから」
「……お、おう。って、そうじゃなくて!」
「なに?」
後に続くはずだった言葉は、
改めて、
こうして見ると、
すぐに視線を逸らすが、変に意識してしまうのはバスケ部時代の
「いや……えっと……、
「? いきなりなに?」
「別に、ふと思ったっていうか……それだけ……です」
「そう。ありがと」
無感情な謝礼。もう少し、何かあってもいいだろと思わなくもないが、省エネな会話はいまに始まったことではない。
物足りなさは、「はい、これ!」と横から
「それじゃあ――」
「分かった分かった。着替えればいいんだろ、着替えれば。一人でできるから来んなよ」
しつこく絡んで来ようとする
だった。
「?」
「……」
「――ッ」
言葉にして一秒。
時が止まる。
コテンと首をかしげる
そもそも、着替えるなんて一人でできるのが当たり前だし、誰も俺の着替えについて来るなんて言っていない。
それなのに、俺は「一人でできるから来んなよ」と言ってしまった。これに
そして、よく分からないぞと、
「ん? 言われなくても行かないけど?」
「着替えるくらい一人で……できない?」
「違う! 無し無し! 誤解だ!」
不思議そうな顔をしている
「あーッ! すっごい警戒するじゃんと思ったら、そう言うことか! いやー、あの時は、タイムスケジュールが決まってたのに
「――ッ!」
そして、
「? じゃあ、着替えるの手伝ってもらってるってこと? ……え。マジ? あれってそんなに着るのに難しい造りじゃないハズ……」
「違う! 誤解だ、
「
「だろ! 常識的に考えたら、もちろんそうだろ? でも、そうじゃなくて――」
俺は言葉を切った。
まるで俺を虫ケラとでも言わんばかりに、蔑む目がこちらを覗いていたからだ。
「いいよ。着替えるの手伝ってあげる。――変態くん」
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