Ⅲ これは超能力でもなんでもない。
第14話
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【四月二十一日】
――また不思議な夢を見た。
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警報が
奏でられる怨嗟にも似たその音は、死者の慟哭のようにも思えた。いま眼前に広がっているのは殺害された死骸の群れ。闇を駆ける回転灯の赤い残光が、無惨に浮遊する肉塊を切り裂いていく。
あちらこちらから水泡のようにぷかぷかと浮かぶのは、赤黒い血液。ふと、女の骸が躍り出ては、その伽藍洞の目が無言のうちに「どうして?」と語り掛けて来る。殺された理由でも知りたいのか、と――俺は女の頭をわし掴んで、邪魔なそれを脇へと捨て置く。
「任務完了。一人残らず始末した」
ここは宇宙。
そして夢のなか。
窓に映る俺は、白い衣に身を纏っていた。いいや、俺かどうかは分からなかった。被っているフードのせいで顔までは分からない。そんな闇の向こう側では、群青の水平線が怪しく揺らめき、月が不気味に弧を描いては惨劇を嘲笑っていた。
「......Eek」
声がした。
背後からだ。
振り返れば、小太りの男が隅で怯えていた。なるほど、死体のフリをして紛れてやり過ごそうとしたが、恐怖に負けて声を漏らしてしまったようだ。
くだらない真似を。
俺は銃口を突き付けた。
「Don't ……Please ……don't」
「……」
両手を上げ、絞り出された様な声を出すが、特に何の感情も湧かない。 敢えて言うのなら「あー、英語か」ぐらい。銃口を向けたのも機械的な行動だった。
「You don't …… have to do this ……」
「前言撤回。一人残ってた」
「What made you do such a thing? Who the hell are you?」
「
自分のものとは思えない声だった。あまりにも冷徹な声色に、目の前の男は凍り付くが、それ以上に俺自身が心臓を掴まれたような気分になった。
だが手は別人のように。
引き金を引いた。
「
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「――なんて、書けるわけないよな」
俺はダイニングテーブルに広げた交換ノートを目の前に、ひとり腰掛けに背を預けて空を仰いだ。貸切状態の朝食の時間。一組だけ用意されたパンとインスタントスープのほかには、空席が二つあるばかりだ。
溜息を一つ。
それから俺はノートをパタンと閉じると、パンに手を伸ばした。夢の内容を書くというだけでもどこか気が引けるというのに、殺害現場にいたと書くなんてどうかしている。それに、たとえ書くとしても、すでに目が覚めてから内容も忘れ始めていて、曖昧な部分が多い。夢の感じからして、おそらく場所は最近開業したという宇宙ホテルなのだろうが――そんなことを書けば、宇宙に興味を持っているデス・ハーミットは悲しむだろう。
それにしても、向こうからやり取りを続けたいと言ってくれるとは思わなかった。
ならば書くべきは、やはり夢なんかのことじゃなく、「これからもよろしく」だろう。
「……」
パンを咀嚼していると、ふと俺の目に冷蔵庫にクリップで留められた大学ノートが入って来た。俺が一番最初に使っていた交換日記――両親と俺のやり取りを書いたものだ。とにかく両親は俺が中学に入る少し前から、帰りが遅かったり、朝が早かったりと、生活リズムが合わなかった。そんなことから始まったやりとりだったが、お互いに面倒になって、もう長らく続いていない。
少しだけ気になって、席を立ってノートを開いてみるが、やはり進捗はない。最後の書き込みは、母親によるもので、二年前の日付で止まっている。
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バスケ、頑張ってるそうね。
お母さんより。
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もしかしたら、返事を待っているのだろうか。そんな気もしないではないが、なんとなく、返事を書けなくて止まってしまっている。
けれど、母親の書き込みの一つ前のページに書かれた日付は、その一カ月前。書く頻度も落ちていっている段階だったから、自然消滅も時間の問題だったと思う。ただ、誰も捨てることができずに、未だに冷蔵庫の前が定位置になっている。
でも、たいてい交換日記とはそんなものだろう。
むしろ、デス・ハーミットとのやり取りが続いていることの方が異常なのかもしれない。大概物好きな人物だとは思うが、だからこそ大切にしなければならない相手だとは思う。
とはいっても、書く内容は日常の愚痴になってしまうかもしれないが……。
「いっそのこと、
〈アストラル・クレスト〉にスカウトされてからというもの、まだ宇宙には行けていない。その代わり、雑務を押し付けられるようになってきたが、〈アストラル・クレスト〉のお財布事情を聞いてしまうと、一〇〇〇万円を地球に投下する仕事よりかは気が楽になる。
それはそれとして、人使いが荒いのは勘弁してほしい。空をなぞって、予定表を宙に浮かべると、日曜日にもかかわらず今日の欄に「〈アストラル・クレスト〉業務(〈占い喫茶・
「まったく、今度は何するつもりなんだよ……」
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