第11話
都内にそのホテルはあった。
案内されたホテルは、流石としか言いようがなかった。エントランスを抜けた途端に飛び込んできたのは、モダンで開放的なロビー。天井の高さといい、ラウンジといい、まずその広さに圧倒された。
とはいえ、一番最初に受けた印象は「豪華」ではなかった。むしろ「調和」。柱も壁には特にこれといった装飾はなくシンプルなもの。しかし、それは無駄な主張を避け、その空間に与えられたテーマを追求したがゆえだった。着飾っているわけではないのに、高貴な印象を与える人のようだ。控え目に添えられたジャズピアノの響きでさえも、何から何まで全てが計算されている造りだった。
初めて送迎車に乗った時もそうだが、決して庶民が気軽に足を踏み入れてよい場所などではない。それは、ホテルスタッフの放つ空気感からも伝わって来る。決して、嫌な顔をされているわけではない。むしろ、最高級のもてなしをしようとの矜持と品格が感じられる。この場に見合っていないのは、むしろ俺の方で、フロアを靴で汚さないようにつま先立ちで歩かなければと思ってしまうし、少しそうなっていたかもしれない。
「それでは、しばらくこちらでお待ちください」
ここ最近、一緒にいる時間が長かったからか、対等だと勘違いしてしまっていたが、本来は住む世界からして違うのだと実感する。それだけではない。弱冠十四歳にして、一つの会社の社長になるのは、
それなのに、自分の尺度でしか
「なぁ、
「なにかな先輩?」
「ごめん」
頭を下げる。
それで驚いたのは
「俺は、何も分かってなかった。何も知らずに、偉そうなことばかり……。本当にごめん」
「あ、ああ。何かと思えば……。謝らないでくれ。私は気にしていないし、むしろ先輩の色んな反応が見れて楽しかったよ」
軽く肩を竦める
「どうだい? すごいだろう?」
「……すごい…です」
「おいおい、そう委縮するな。言ってくれていいんだぞ? 『コイツ、いきなり金持ち自慢かよ?』とか『別にお前のホテルじゃないだろ』とかね。そっちの方が私も気が楽だ」
「……」
「ここは、
「……正直、居心地は悪い……かな?」
つい漏れてしまった本音。その答えに、
「私もそう思う。まるで薄汚い権力を金で塗り固めたような場所だよ。くつろぐどころか窒息しそうになる」
嬉々として悪口を言う
これが芸術なのだ、と言われたらそれまでかもしれないが……。こんなホテルに置いてあるくらいだから、相当値打ちのあるものなのだろう。もしかしたら名のある芸術家の作品なのかもしれない。本当に芸術とは分からない。
そんな花瓶を見つめては、
「けれどね、先輩。私は、こんなおかしな空間で育ってしまった。だから、普通が分からない……と言ったら、語弊があるが……。えっとだな……つまり……」
いつもは淀みなく喋る
「……感じてしまうんだ。
「いや……そんなことは……」
「空から原子炉が落ちて来ることを想像して、ニヤニヤするような奴だぞ? ……きっと、私の方こそ、たくさん先輩には無礼なことをしてしまっている。そうだろう? 先輩は謝るようなことをしていないし、むしろ謝るべきことがあるんだとすれば、それは私の方なんだと思う」
俺を真っすぐに見つめる
「
「……?」
急に何を言い出すんだ? やけに素直というより、まるでこれから戦場に行くといわんばかりの様子に、俺は調子が狂わされる。
「
呼びに来た付き人。
*****
「お待たせしました」
戻って来た
身体のラインが分かる黒いドレス。大人びたメイク。そして、ハイヒールが彼女の目線を高くする。そして、なによりも顔つきが、いつもの
凛とした表情。そして、流れるような黒髪が、艶やかさを感じさせ、洗礼された佇まいが、安易に触れることを許さない高貴さを醸し出す。
さながら黒い薔薇。
というのも、まったく大袈裟な印象ではない。俺と並んだ時、何も知らない人に、どちらが年上かと訊いたら、十人に八人は
「あま……しろ……?」
「それでは行きましょうか」
あまりに澄んだ美しい声。
心臓がドクンと高鳴った。
言葉遣いも、声色もいつもと違う。
「行くって……どこに?」
「夕食会ですよ、先輩」
「……の割には、気合入れすぎじゃね?」
と。
時を同じくして、ホテルのエントランスにスーツの一団が到着する。ただならぬ様子を感じ取ったのは俺だけではない。その場が物々しい雰囲気に包まれる。
そんななかにあって、
誰だろう? と思う前に、どこかで見たことがあると思った。第一印象としては、信用できそうのない人物。目つきも良くなければ、口を開けば詭弁ばかりが飛んできそうな印象を受ける。
ヒントはホテルに来る道中に見せられたニュースにあった。世界的に危惧されているという「人食い寄生虫」のニュース。その政府対応について、議会答弁の場で登場した人物だった。
「お待ちしておりました。それではこちらへどうぞ――
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