第10話
車窓から覗くのは紺青の空。
そして、沈みゆく赤い残光。
対して、
「おや、気になるかな?」
「……別に」
「気になると顔に書いてあるぞ」
それまで手のひらサイズだった投影画面を車窓ほどに拡張させる
ニヤニヤして見ていたから、少しは興味の唆る内容だと思った俺は、映されていたものを見てがっかりした。なんと言うことはない。ただのニュース画面だ。図書室で
目の前にあるのは、悲劇的な日常だ。
ディスプレイの向こう側から伝えられるのは、日本や世界で起っている悲劇。飢饉による食糧危機にはじまり、国際テロリストによる紛争の激化、それから、人食い寄生虫が激増している話……どれもこれも暗くなる話題。そして、どこか遠くの世界の不幸で、おおよそ自分とは無関係の話題ばかり。
全部、全部、俺にはどうしようもできない。それなのに、この悲劇はお前の無関心が生んでいると言われているような気がして――自分の無力さを突き付けられるから、嫌いだった。
『――次のニュースです。国際テロ組織・救済統合党(RIP: Redressive Integrated Party)が、
「……」
無意識にも、俺は拳を固く握りしめる。こういうニュースや話を聞くたびに、「だからどうしろと?」の文字が脳裏には浮かぶ。
自分は一介の高校生。当然、戦争を止める力もなければ、食糧危機をなんとかできるわけでもない。ちっぽけで、なんの力もなくて、退屈な存在。そう言われている気がして、俯くことしかできない自分に腹が立つ。
自分に何を期待しようというのか……。
「――いやぁ、鮮やかなものだな。何度見ても惚れ惚れする」
「……は?」
耳を疑った。
顔を上げると、
ディスプレイに映されているのは、赤い閃光が空を裂く様子。一見、流星のようにも見えるそれは、魔法でもなければ超能力でもない。
「正気か? テロ行為を称賛するなんて……お前やっぱおかしいんだな」
「なにがおかしいものか。これを見てからにしてほしいな、
空をなぞり、地球を模した球体の立体映像を出現させる
そうかと思えば、そのうちの赤くマークされた衛星が、緑の衛星に接近する。それぞれ、赤い衛星の上には「killer satellite」と、緑の衛星上には「target」と表示されている。そして、赤い衛星が緑の衛星を捕まえると、そのままニュージーランドとチリと南極を結んだ中間あたりの南太平洋上で消失した。
「どうだい?」
「何が?」
「美しいまでのキラー衛星の精度だ。導電性テザーによるローレンツ力を用いたやり方らしいが、それはさておいて、ターゲットまでの正確な接近と、捕縛する能力。さらには、それをポイント・ネモに正確に落として見せる手腕! ふふっ、いまごろ各国政府は戦々恐々だろうな」
「なんとなく凄いのは分かるが、なにが凄いか分かんねぇよ。もっと分かりやすく言え」
すると、俺の食いつきが嬉しかったらしい。
「想像してみろ! この時、ターゲットは動いていたんだ! ちょっと前に、君がやったような死骸の処理じゃない。生きている衛星を鬼ごっこしながら捕まえたんだ」
俺は〈リモートウォーカー〉で宇宙遊泳した日のことを思い出す。慣性と相対速度で誤魔化されていた部分もあるが、あそこは音速の二十倍を超える速さで物体が移動する世界だ。本来なら接近だけでも技術が必要となるのに、回避行動を取る衛星を捕まえる難しさは、想像できない。
「で、だ。今回は
「……!」
「要するに、全世界のGPS衛星を人質にしたと宣言されたんだよ」
「どうしてそんなことを……?
「まさか、まさか。もし本当に戦争がしたいんなら、ポイント・ネモなんぞに落とさず、某国の首都に落とせばいいだろう? ――まあそれを可能とする作戦能力も、今回の実験で見せつけたわけだが」
「……」
「これはブラフだよ。これで大国と渡り合う能力を手にしたと力を誇示しているのさ。もっとも、本当のところ何が狙いなのかは、
言って、水を一口含む
「スペースデブリを生んでない!」
「……」
「当然だ。方法自体、本来はスペースデブリを除去するためのものだからな。これまでアホな大国どもが宇宙ゴミを撒き散らしてきたASATとは違う」
歴史のなかで、これまで多くの
だが、国際テロ組織と目される
「そら。犯行声明が出たぞ」
新しい画面を展開する
「長いから大切なところだけ抜くとだな……『大国どもに我々を非難する筋合いはない。自らの利益しか考えてこなかったのは、むしろ貴様らであり、そんな奴らに未来はない。震えて眠れ』……だそうだ」
「意訳しすぎだ。……だけど、大体そんな感じだな」
「つまり、まとめるとだな。
嬉々と喋る
やっぱ、頭おかしい。とは言えなかった。先ほどからおまけ程度ながら出てきているのは、
そう考えると、頭がおかしいと言うより、根っこの部分は純粋なんだろう。ただ、捻くれ者というか、なんというか、頭のネジが外れてしまっているのは確かだ。
「お前の言いたいことってのは分かったよ。けど、八〇億人を人質ってのは大袈裟じゃないか?」
「それが、そうでもないさ」
ふふんと鼻を鳴らして、
「――宇宙ホテル開業? それがどうしたんだ?」
「そうそう。君が交換日記でデス・ハーミットに、得意げに話していたニュースだったな」
「……るせぇよ」
「どうやら、宇宙空間では重力がない影響で、ピストン運動が難しいらしい。まあ、事後処理が大変そうだから試そうとは思わないが」
「……? ……ハッ、お、お前! 何言っちゃってんの?」
唐突な下ネタ。あまりにも自然なトーンで話すものだから、一瞬なんのことか分からなかったが、俺が理解したと見るや、
相変わらず、俺の反応を楽しんでいるようだ。
「……というのは冗談で、動力は太陽光と原子力のハイブリッドらしいな」
「……? つまり?」
「分からないか? 地球上の好きな場所に、原子炉を落とせるってことさ。もちろん、事故を装ってな」
ニヤッと笑って見せる
それで、犯行声明を出せば大規模なテロ。出さなければ、不運な事故となる。その被害に対して、民間で運営されるホテルに国家は責任を取るのか? 民間も民間で、飛んでくる膨大な賠償額に責任が持てるのか? 誰もが被害者だと主張して、実害を被る人たちへの補填は行き届かない。
そして、
「ああ。もちろん、やらなくていい。やれるという可能性を見せるだけで、人々は恐怖する。そして、恐怖は同時に崇拝の対象を書き換える」
「……」
「主権国家はお前たちを守らない。国家は国境を作って分断を生み出しては、徴税や政治制度によって搾取をし、権力という名の銃口を突き付けてきた。いまさら国家に何が期待できる? 国家を捨て、我々と道を同じくするのであれば、自由と生命と財産を保証しよう――まさに、天からのお告げというやつだ」
あまりにも饒舌に話す物だから、俺もつられてフッと笑みが漏れる。車窓に映る俺の顔を見れば、
「お前、悪役の才能があるよ。そんな
そこまで言って、車窓の俺の顔は凍り付く。そして、先程からニヤニヤとしていた
〈アストラル・クレスト〉は――
「ねぇ、先輩。君は、なぜ
「違っ! そんなつもりじゃ……」
「そんなつもりじゃないと言ったところで、果たして世界は信じてくれるのかな? こんな悪人面の私を? つまりね、先輩。
ふう、と単なる鼻息とも溜息とも取れない呼吸を一つ。そして、
「――生徒が勝手にやったことです。学校側に責任はありません、と」
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