第9話

「ん? これはこれは風花ふうか氏も。もしかして、取り込み中だったかな?」



 丸メガネを縁を掴んでクイッと持ち上げる常泉じょうせん風花ふうかは特に何の反応も示さないが、俺は常泉じょうせんの舐めるような視線と、「風花ふうか」呼びしたことに対して、内心キレそうになる。


 を添えるのもなんだか嫌らしい。それでフランクさを演出して、生徒との距離を縮めているつもりなのだろうか。


 つい苛立ちが言葉に乗る。



「なんです?」

「おっとっと。そう怒らなくていいじゃないか。放課後に二人きり。青春。とてもいいねぇ。――と、邪魔して申し訳ないんだけれど。頼みたいことがあるんだ」

「だから、なんです?」

「いやぁ、正確には君への頼みじゃなくて、天代あましろくんへの頼みなんだケドね。これまた、なかなか首を縦に振ってくれなくて……。でも、君は天代あましろくんと仲がいいんだろう? ここは、君からもお願いしてくれないかな? いや、君の言葉なら、動いてくれるかもしれない!」

「は……はぁ……」



 鈴音りんねの場合は、「天代あましろくん」呼びなのかよと思ったのもつかの間。俺の手を取り、目を輝かせながら鼻息を荒くする常泉じょうせん。そして力強く、真っすぐに俺を見つめた。



「流れ星を見せてほしいんだ! 学園祭の日に! 君たち〈アストラル・クレスト〉ならできるだろう?」




 *****




 話はこうだ。



 常泉じょうせん史敦ふみあつは、生徒会顧問という顔を持っている。それで、生徒会が進めている学園祭についても、色々と取りまとめる立場にあった。割と情熱を持っている先生ではあるので、「いつもとは一味違うことがしたい」という生徒会の気持ちを、どうにかして叶えたいと考えていたそうだ。


 時を同じくして、市の方から高校と企業のタイアップで町おこしに繋がる何かして欲しいという案件が浮上したという。常泉じょうせんはここに目を付けた。しかし、常泉じょうせんの頭のなかにあったのは楽観的な見立てだけで、具体的な計画などは一切なかった。成し遂げたいプロジェクトがあるわけでもなく、提携する企業にあてがあるわけでもない。


 それで、ちょうど困っていたところに一つのニュースが舞い込む。それは、夜空に流星が降る様子。そして、それが〈アストラル・クレスト〉なるベンチャー企業によるスペースデブリ除去の活動だと知った。しかも、〈アストラル・クレスト〉を運営しているのは、自分がいる波ノ万江なみのまえ学園の生徒。まさに、流星の如き天啓だと思ったらしい。


 

「けれど、天代あましろくんにお願いしたら断られてしまった……。何度も頼んでいるが、けんもほろろにつけ放されてばかりだ」



 袖で顔を覆う常泉じょうせん。その様からは「よよよ」という効果音が聞こえてきそうだ。一方で、風花ふうかはまったく興味がないと言った具合に、壁にもたれながらストローを吸っている。とはいえ、油断していれば「計画性がないからでは?」と一刀両断するような言葉が聞こえてきそうだ。


 俺はというと判断しかねていた。話はやたら長いし、風花ふうかとの会話を邪魔されたことに対する怒りもある。だが、常泉じょうせんの語る口調は暑苦しいくらいには熱く、パッションは伝わって来る。そして、俺も立派な計画が立てられるかと言うとそうでもないから、責めるに責められない。


 逆に、鈴音りんねが引き受けない理由も気になるところだ。こんなに頼んでいるのなら、引き受けてもいいんじゃないかと思う。



「ボクが思うに、これは天代あましろくんにとってもチャンスだと思うんだよ! 高校と提携することで、メディアに取り上げられる。そうすれば、彼女の〈アストラル・クレスト〉の宣伝にもなるハズだ」

「……それは……確かに? でも、俺が言ったところで、引き受けてくれる保証はないですけど」

「いいや! 同じ生徒という立場の君が頼めば、なにか変わるかもしれない。それに、君は彼女のお気に入りみたいじゃないか。なんったって、授業中に来て連れ出してしまうくらいだからね」



 お気に入り。


 その言葉に、咄嗟に俺は風花ふうかの方に視線をやる。無駄にジェラシーを感じてしまわないか、風花ふうかの反応が気になったからだ。けれど、相変わらずどこ吹く風で、話すらまともに聞いていない様子。俺は安堵の息を漏らす。



「このプロジェクトには、市も、教職員も、生徒会のみんなも期待している。あとは、天代あましろくんさえOKと言えば進む話なんだ。天代あましろくんも天代あましろくんで事情があるのは分かっている。でも、困難はみんなで乗り越えるものだ。もし、事情があるのなら話して欲しい! できる限りの協力はするつもりだし、ここだけの話、学校側には一〇〇万円を出す用意がある!」

「ひゃく……」

「けれど。成功しているからか、あるいは家柄のよさに驕ってしまっているのか、いまの彼女は増長している節がある。もし、それで天狗になってしまっているんだとしたら、今後の天代あましろくんのためにもよくない傾向だ! 残念ながら、ボクの言葉は届かなかった。でも、君の言葉なら、彼女を変えることができるかもしれない!」



 差し込む夕日によって、赤く照らされる常泉じょうせん。彼の熱量に、すっかり気圧されてしまった俺は、「やってみます」と答えるほかなかった。



「本当かい! じゃあ、よろしく頼んだよ! よしよし。これで、今年の学園祭は大成功すること間違いなしだ!」




 *****




「――どこにいるかと思えば。悪い虫につかれてるじゃないか、先輩」



 黄昏。


 伸びた影の向こう側から、夕風に乗って声が聞こえてきた。足音と共に近づいてくるセーラー服の少女。彼女は、俺を見つけるとニヤァと嬉しそうに笑みを浮かべる。そして、タレ目から向けられる挑発的な視線が、俺の体温を下げた。



天代あましろ……」

「おお、天代あましろくん! ちょうどいいところに! 実は日向ひなた氏から頼みごとがあるみたいなんだ。聞いてくれないかな? さぁ――」

「え……あ……え?」

「ほら、言いたいことがあるんだろう?」



 ドンと、背中を押される俺。

 よろけながら前に進み出ると、鈴音りんねを見据えた。



「なぁ、天代あましろ……」

「下の名前で呼ばれてるんだな、奥宮おくみや先輩。それで? 生徒会の犬にでもなってしまったのかな?」

「いや……それは勝手にあいつが……」

「ふふっ。まあいいさ。それで頼み事かな? 奇遇だな。実は私も先輩に頼み事があったところだ」

「?」



 小柄な鈴音りんね。だから、俺を見上げるかたちになる。それなのに、俺は見下ろされている気分になるから不思議だった。



「まず、あのアホとは関わるな。自分の身だけじゃなく、世界が滅びるぞ」

「……」

「それから今夜、一緒にホテルでディナーでもいかがかな? ――見返りにデス・ハーミットのヒントを教えてあげよう」







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