第6話

 地球に戻って来た俺は、見事に転倒した。



 実際には、流体のカプセルから出ただけ。それだけなのに、途端に重力に襲われては、バランスを崩してその場に倒れ込んでしまった。立とうとするが、鉛のような自重じじゅうに、そもそも手を動かす事すらまともにできない。



「大丈夫ー?」



 てってってーと駆けて来る凪咲なぎさ。その何事もなかったかのような動きっぷりに、どうしてそんなに身体が動かせるんだよ、と言葉を失いながら肩を借りて立ち上がる。


 実際に触れれば、俺よりも小さい肩幅に、細い腕。単純な身体的な能力では俺の方が勝っていそうなのにと、半ば不満そうにしているのが伝わってしまったのだろうか。「誰でも最初はそうだって」「慣れだよ慣れ」と言われた。



「それよりも、奥宮おくみやくんってば、めちゃくちゃ身体の使い方うまいじゃん」

「え? そうか?」

「もしかして、宇宙経験者? って思いたくなるくらい動けてたんだけど。なんかやってた?」

「いや……そんなことは」



 運動ならバスケ。あとは、夢で何度か宇宙に行くことがあったから、イメージトレーニングができていたかもしれない……なんてのは少し馬鹿げていて流石に口にはしなかった。それにイメージと実際はやはり違う。いいや、俺が経験したのは正確には拡張現実なのだから、それを実際と呼んでしまうのも良くないかもしれないが、それにしたって思うように動けていたとは言えない。



「俺の実感としては、なんとか凪咲なぎささんの動きを真似ようとして、ついて行くのが精いっぱいだったんだけど……」

「そんなことないって! 初めてとは思えないくらい様になってたよ。――ねっ、鈴音りんねちゃん」



 椅子へと案内される俺。そこへ、鈴音りんねが水分補給にとドリンクを持ってくる。馬鹿にしてくるのかと思ったが、そうでもない。確かに、人を食ったような表情を浮かべてはいたが、しかしどこか真剣な眼差しを俺に向けている。



「ああ。正直驚いたよ。……本当に経験者じゃないのか?」

「? なんか、やけに高評価だな?」

「高評価もなにも、満点だ。運動神経はいいとは思っていたが、初めてでこんなに動けるとは……。それこそ、君になら安心して仕事を任せたくなったほどだぞ」

「……?」



 帰ってきて、転んで。それで揶揄からかわれる準備をしていた。だが鈴音りんねとしては、むしろそれくらいは当然だよなという顔をしている。


 それよりも、宇宙で思い通りに手足を動かせたことに、感心しているようだった。どうやら、大抵は〈リモートウォーカー〉を思い通りに動かすことすらなかなか上手くできないらしく、少し宇宙遊泳をさせたのちは宇宙船に固定し直して宇宙観光を楽しんでもらう……というのが当初のプランだったらしい。


 それなのに、俺は凪咲なぎさの見よう見まねで動かせたどころか、〈アストラル・クレスト〉の仕事までこなしてしまった。俺からすれば、それが普通にできるものだと思っていたし、むしろ動けていないと思っていただけに反応に困った。思わぬ評価に拍子抜けしてしまう。


 そして、なによりも鈴音りんねの俺を見る目の色が明らかに違った。



「なあ、奥宮おくみや先輩。君さえよければなんだか……〈アストラルクレスト〉に来ないか?」







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